説明
「直接訓練の環境設定」における学習目標は、次の2点である。
1)直接訓練に必要な環境設定の視点がわかる
2)直接訓練時の環境設定の方法がわかる
説明
ここでは、人間と環境は一体であるという人間-環境系(man-environment system)の観点から、環境設定を考える。環境設定には、スライドに示した4つの要素がある。
説明
直接訓練時の環境設定の目的は、次の2点である。
1.直接訓練の効果を高めるための環境をととのえること
2.誤嚥・窒息のリスクに備えた環境をととのえること
説明
図は、直接訓練時の環境設定の対象を示す。
直接訓練時の環境設定の対象には、患者を取り巻く外的環境としての物的環境、人的環境、管理的環境の3つがある。直接訓練時にはこの3つの視点から環境設定を行うことになるが、直接訓練の効果・安全性を向上させるためには、外的環境に働きかけるのみでは不十分である。この他に、患者の覚醒レベルの向上を図る、口腔ケアを行って口腔環境を整える、訓練への動機づけを行って訓練意欲を高めるなど、身体的側面・心理的・社会的側面から患者の内的環境を整える視点が求められる。
説明
次に、直接訓練時の環境設定の目的に沿って、患者の内的環境、及び外的環境における3つの環境設定の視点の具体例を説明する。
直接訓練の効果を高めるためには、まず直接訓練前に患者本人にアプローチを行い、内的環境としての患者の状態を整えることが重要である。
直接訓練直前まで眠っていた患者は、訓練に集中することができないことが多い。この状況下では訓練効率が上がらず、誤嚥のリスクを高めることになる。そのため直接訓練を行う患者については、看護・介護チームとの連携のもとに日常生活リズムを整え、直接訓練時に覚醒状態を維持できるようにアプローチを行う必要がある。覚醒レベルを改善するためには、訓練直前の口腔ケアと間接訓練の実施、睡眠導入剤の投与時間と種類・量の調整、一日のスケジュールの調整などを通じた日常生活リズムの構築が効果的である。また訓練開始前には、患者に「食べる練習を行うこと」を口頭や書字、ジェスチャーなどにより説明し、動機づけを行うようにする。
また、義歯の調整や食後の口腔ケアの実施などにより口腔環境の調整を行うこと、直接訓練時の耐久力向上のために栄養管理や全身状態の改善を図ることも重要である。
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物的環境の設定としては、まず、気持ちよくおいしく「食べる」訓練をすることができるよう、換気や採光に配慮し、ベッド・テーブル周囲を整頓しておくことが重要である。特に、病室内で直接訓練を行う場合には、ポータブルトイレ使用後や同室者のオムツ交換後の換気を十分行い、食欲へ配慮する。また、ベッドや食事に使用するテーブル周囲は片づけ、訓練者が座って落ち着いて訓練を行えるスペースを確保する。
直接訓練実施時には、患者と水平位置で目線を合わせるよう椅子に座る。これは、左図のとおり立位での介助では患者の顔が上向きになり、頸部を伸展させて誤嚥を誘発する危険性があるためである。また、介助をする際の位置は、訓練者がスプーンで提供する食物を患者が正面で視覚認識できる場所とする。高齢の患者で老眼がある場合には、正面の少し離れた位置で食物を提示することにより、視線が食物に向けられやすくなることがある。一方、右図のように、不適切な方向からの介助では、側方、あるいは後方から食物が近づいてくるために、患者が食物の存在を認識するタイミングが遅れることになる。
説明
食物を口に運ぶための上肢の機能や、食具を把持するための手指の機能、口への取り込みの機能、咽頭の機能などを考慮し、食器・食具を選択することも環境設定における視点の一つである。
例えば、咽頭残留を起こしやすい患者のスプーンは、一口量の調整がしやすく取り込みやすいように、小さく、浅く、幅の狭いものを選択する。また手指の機能が低下している場合には、柄が太く握りやすい物や前腕の回外を補助するために柄の部分を曲げた物を選択するなどの工夫をする。
頸部を伸展させずに飲めるようにするためには、鼻の当たる部分をU型にカットする、内部の傾斜を強くする等の形状を工夫したコップ等ある。片麻痺のある者が健側上肢のみで自力摂取ができるようにするためには、滑り止め付きの皿やトレー、食器の下に敷くマットなどの自助具が市販されている。
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体幹角度の調整や体位の設定が必要な患者では、クッションや足台など姿勢調節のための物品の準備が必要である。また、座位姿勢で訓練を行う場合、特に自力摂取の訓練を行う場合には、車いすの種類の選択、テーブル・椅子の高さの調整が重要となる。
上図は、円背の強い患者への床上での姿勢調整例である。①は頸部が伸展しているのに対し、②では膝下にクッションを挟み、肩甲帯周囲から頸部にかけてバスタオルやクッション等により隙間を埋めることで姿勢を安定させている。円背患者の臥位時にはベッドと頭部の間の空間が大きくなるため、枕一つでは、頸部が伸展し誤嚥につながる体位となるため注意が必要である。
下図は左片麻痺患者の車椅子座位での姿勢調整例である。①で非麻痺側に回旋していた体幹は、足底を床につけること、車椅子ボード上に両上肢をのせること、車椅子と大腿の隙間を埋めることにより、②では安定している。両上肢が自然にのせられるよう、テーブルの高さ、奥行きにも配慮する。
説明
注意障害のある患者や集中力が途切れやすい患者に対しては、外部からの視覚・聴覚刺激を調整する。こうした患者は、少しの物音や動くものに対して鋭敏に反応し、食事への集中力を低下させてしまうためである。そのためには、まずテレビを消す。病室のベッド上で訓練を行う場合には、ベッド周囲をカーテンで遮蔽することも効果的である。
また、食堂で訓練を行う場合には、集団での食事を敢えて避け、壁に向かった席やパーテーションにより視覚を遮断した席を選択する。一人用のテーブルを使用してもよい。食堂の入口や配膳車付近などでの訓練は、人の動きや物音で注意が逸れやすいために避ける。
テーブル上の食事に関係しない物は片づけ、患者の注意が他に逸れないよう配慮する。エプロンや食器の柄が目立つと意識が逸れやすいため、配慮が必要である。また、咽頭期の問題が少ない場合には、患者の注意を逸らさないようテンポの良い食物提供も重要である。
説明
高齢者など視力低下がある場合には、配色のコントラストを意識して盛り付けし、食器の選択にも配慮する。白トレーに白食器、白飯では、視力の低下した高齢者や構成障害等の高次脳機能障害を呈する患者に、主食や副食の存在を認識されにくい。
また、半側空間無視がある場合には、非無視側→正面→無視側と段階的に食物の位置を変更し、徐々に注意が無視側へ向くように環境を調整するとよい。自力摂取で無視側の食物の見落としがある場合には、声掛けや見える範囲への食器の移動により食物の存在を認識してもらう。半側空間無視への適応を促すためには、非無視側への食器移動の頻度は徐々に減らし、無視側へ注意が向くよう働きかける。無視側に意識を向ける訓練として食事環境を設定する場合には、あえて非無視側の視界を壁やパーテーション等で遮断し、正面~無視側から介助する方法もある。
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人的環境の設定としては、すべての訓練担当者が一定水準以上の技術をもって訓練にあたれるようにすることが求められる。訓練者個々の知識・技術の向上はもちろんであるが、訓練に関わるチームメンバー全員が患者の嚥下障害の病態に適した姿勢調節法や代償的嚥下法を理解し、実践できなければ訓練の安全性が確保できない。そのため管理的環境の設定としては、訓練方法の周知に向けた教育をチームメンバー(看護・介護)に行うとともに、患者の摂食時の条件(摂食姿勢、代償的嚥下法など)を掲示して共通理解するなどの対策が必要となる。
また、訓練に用いる嚥下調整食を提供するためには、管理栄養士や調理師と連携して段階的な食形態のある嚥下調整食提供システムを確立すること、常に同一の物性で安定した品質の嚥下調整食を提供できるように品質管理を行うことも不可欠である。
さらに、直接訓練の安全性を高めるためには、訓練者と患者が一対一でゆったりと直接訓練に臨めるようにするための人員配置や訓練時間の調整、摂食嚥下障害の重症度を考慮した職種間の役割分担(重症度の高い者は言語聴覚士が担当し、それ以外の者を看護師が担当するなど)の視点も重要である。
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次に、誤嚥・窒息のリスクに備えた環境設定について説明する。
まず、物的環境の設定では、直接訓練実施場所への吸引器の設置が必須である。すぐに使用できるよう、吸引ホースや吸引カテーテルは吸引器へ接続するとともに、作動を確認しておく。また、食堂で直接訓練を行う場合には、食堂にも吸引器を設置し、ハイリスク者はその近くで訓練を実施できるように調整する。
窒息など生命危機に関わる状況が発生した場合には、救急カートを使用することになる。日常的にカート内を点検し、整備しておくことも重要である。
説明
誤嚥・窒息に備えた訓練者個々のリスクマネジメントの技量は、患者の生命予後に影響する。ここでは、誤嚥・窒息の徴候を知り異常の早期発見ができること、誤嚥・窒息発生時の対処方法が解り実践できることが求められる。よって環境設定では、訓練者に対する不測の事態に備えた教育が重要となる。
説明
直接訓練や食事介助は、食事の時間帯に同時進行で複数の患者に対し行われる場合がある。複数名を担当する場合には時間調整を行い、窒息のハイリスク者には常に観察体制がとれる環境を調整する。特に自力摂取を行う患者では、食事時間中のすべてを一対一で対応しなくてもよい場合がある。このときには、病室(特に個室)において一人で食事摂取を行う時間帯を作らないようにし、食堂やナースステーションなど、複数のスタッフの目が届く場所での食事摂取をすすめるとよい。
また、誤嚥・窒息時の対処マニュアルの整備や、訓練者およびそれ以外の職員を対象とした訓練・指導を行っておくことも重要である。急変時を想定した具体的な行動レベルでの訓練の実施は、職員の対処能力を高めるのに役立つ。
引用・参考文献
- 舘村卓:摂食・嚥下障害のキュアとケア.医歯薬出版,東京,pp112-116,2009.
- 東嶋美佐子 編:摂食・嚥下障害への作業療法アプローチ.医歯薬出版,東京,pp114-117,2010.
- 才藤栄一,向井美惠 監:摂食・嚥下リハビリテーション第2版.医歯薬出版,東京,pp186-195,2007.
- 向井美惠,鎌倉やよい 編:摂食・嚥下障害の理解とケア.学研,東京,pp95-109,2003.
- 藤島一郎他 編:摂食・嚥下障害ケア.羊土社,東京,2013.
- 川口孝泰:看護における環境調整技術のエビデンス‐環境看護学の射程‐.臨床看護,29:1880-1886,2003.
- 川口孝泰:「環境調整」の可能性と看護の役割.Nursing Today,21(11):20-24,2006.
- 川口孝泰他 編:食事の援助技術.中央法規,東京,2008.