2.摂食嚥下のリハビリテーション総論

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説明

「摂食」とは食べる過程のすべてをいい、口の中に食物を取り込んで(捕食)、噛み砕いて(咀嚼)、飲み込んで胃の中へ送り込むこと(嚥下)を含んでいる。「嚥下(えんげ)」とは、食物をゴクンと飲み込む反射とそれに引き続く食道の蠕動(ゼンドウ)運動とからなる。食べる過程の全般は「摂食嚥下」と呼ばれていたが、本学会では平成26年4月から「摂食嚥下」(ナカマル省略)という用語に統一することとなった。咀嚼や嚥下などの食べる機能の障害は「摂食嚥下障害」と命名されるが、「摂食障害」と呼ばれることはない。それは精神疾患である拒食症や過食症のことが摂食障害と定義されているからである。「摂食嚥下障害」は簡略化して「嚥下障害」とも呼ばれているが、「嚥下」の機能のみが障害されているものを嚥下障害と呼ぶのではないことに注意して欲しい。捕食や咀嚼の障害がある患者も含んでいる。英語では「dysphagia」と呼ばれる。

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説明

健康な人でも高齢になるにしたがって、飲食に際して蒸せることがある。しかし、生活にまったく支障のないこれらの方々を、「摂食嚥下障害」と診断するようなことはない。健常者に対して嚥下造影検査を行った研究では、50歳未満の方の3人に1人に、50歳以上の方の3人に2人に、瞬間的に造影剤入りの液状食品が喉頭前庭の中に侵入する所見が認められるとの報告がある。したがって、摂食嚥下障害と正常との境界は決して明らかなものではなく、連続的な状態であるといえる。臨床的には、摂食嚥下障害が存在する、しないの2群に分類することが重要なのではなく、障害の程度を考慮して治療の必要性を検討し、障害に合わせた治療方法を選択することが重要となる。疫学研究等において、摂食嚥下障害の有無を識別する必要性がある場合には、その定義を明らかにすべきである。一般的に、重症度分類を用いることによって、生活上において問題となる摂食嚥下障害を区分する手法が採られている。

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説明

摂食嚥下障害リハビリテーションの目的は、障害によって生活に支障を来たしている人々に対して、摂食の喜びを再び与えることにある。まったく摂食できない人に対しては少しでも食べられるように、少ししか摂食できない人には摂食可能な量が増えるように、ムセて困る人や誤嚥性肺炎を併発する人には安心して摂食できる方法を与えられるように検討する過程が重要である。摂食嚥下障害を完治させることは、この治療の目的ではない。すなわち、治療によって「治った」、「治らなかった」と2群分けするものではない。ましてや、食事を全量摂取できなかったからといって、「摂食不可能な障害者」と決めつけることは、誤った行為である。たとえ、胃瘻増設術を受けた重度の摂食嚥下障害者であっても、摂食の能力が残されていることを理解し、治療的アプローチを与えるべきであることを知っていなければならない。逆に、摂食嚥下障害者には、誤嚥という危険性が存在することも忘れてはならない。適切な評価に基づいて安全に摂食できる方法を選択することが不可欠で、生命の危険性を可能な限り回避することは医療者の責任である。

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説明

摂食嚥下リハビリテーションは、通常の肢体不自由者に対するリハビリテーションと同様、疾患や外傷の急性期から開始される。早く開始するほど廃用症候群の予防が可能となり、回復期の期間が短縮できる。

急性期リハビリテーションの内容は、

  1. 頻回の口腔ケアと長期間に及ぶ経鼻胃管の不用意な留置の回避によって誤嚥性肺炎を予防すること
  2. 早期評価によって摂食可能か不可能か、安全に摂食可能な食品は何か、を決定すること
  3. 間接訓練によって摂食嚥下関連器官の廃用を予防すること
  4. 早期離床を促進して全身耐久性の低下を予防すること
  5. 誤嚥防止の体位を検討すること

などである。

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説明

回復期における摂食嚥下リハビリテーションは、口腔ケアや全身耐久性を改善すること、栄養状態や水バランスを整えることなどの基本的な項目を含んでいる。食物の摂取を行う直接訓練のみが摂食嚥下リハビリテーションではなく、機能評価や間接訓練を含む包括的治療である。

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説明

摂食嚥下リハビリテーションは、「嚥下調整食をすぐに食べさせること」であると勘違いされやすいが、実際には多くの過程から成り立っている。口腔ケアや全身耐久性を改善すること、栄養状態や水バランスを整えることは、摂食嚥下のリハビリテーション過程において必要不可欠な重要事項である。摂食嚥下訓練を開始するに当たっては、摂食嚥下機能の詳細な評価を行うことが重要で、それに基づいて訓練の方法や安全な食品の選別が行われる。安全が確認されるまでは食品を用いない間接訓練とし、食品の選別や姿勢の調整によって摂食可能と判断されれば、段階的嚥下調整食を用いて直接訓練を開始する。

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説明

摂食嚥下リハビリテーションを円滑に遂行するには、多職種による参加が重要である。多職種による医療をmulti-disciplinary approachという。また、種々の職種が独自に治療をすすめるのではなく、カンファレンスなどを通じて情報交換を密に行い、一定の方針に沿ってリハビリテーションを遂行する。すなわち、チーム医療の形態が不可欠である。職種間の連携を推進する医療をinter-disciplinary approachという。各職種の役割を予め決めておくことは重要であるが、摂食嚥下リハビリテーションにおいては、各職種の役割に明確な境界線を引くことが容易ではない。そこで、職種間の境界領域を互いに補い合うことが重要となる。職種間の補完によってより効果的な治療を推進する医療をtrans-disciplinary approachという。

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説明

回復期における摂食嚥下リハビリテーションの第一として、医師・歯科医師は診察によって問題点を把握し、問題点ごとに各職種に指示を行う。さらに、医師・歯科医師は検査を行い、各職種もそれぞれに評価を行う。その結果を踏まえてカンファレンスを開催し、障害のメカニズムを考え、機能的ゴールの予測を立て、治療方針・内容を決定する。摂食嚥下訓練、身体的訓練、口腔ケア、段階的嚥下調整食の選択など、実際の治療が進行したところで何度か再評価を行い、適宜カンファレンスを繰り返す。その後、退院後の在宅生活指導を行い、ゴールとする。通常、医師・歯科医師がリーダーとなるが、治療はチーム医療として行うことが好ましい。

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説明

本学会によって、摂食機能療法の効果に関する多施設共同研究が行われた。摂食嚥下障害を認める脳血管障害患者を対象として、摂食機能療法を行った患者(介入群)と行っていない患者(非介入群)の変化について比較した。機能障害レベルの評価である臨床的重症度分類(才藤ら)を使用したところ、介入群では治療開始前に比較して治療終了時に点数の著明な改善が認められた。しかし、非介入群では3か月間の身体的リハビリテーションの前後に統計的有意な変化は認められなかった。

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説明

能力障害レベルの評価である摂食状況レベル(藤島ら)を使用した場合も同様で、介入群では治療開始前に比較して治療終了時に点数の著明な改善が認められた。しかし、非介入群では3か月間の身体的リハビリテーションの前後に統計的有意な変化は認められなかった。以上の結果から、摂食機能療法は脳血管障害患者の摂食嚥下障害の治療として有効であると考えられる。この研究は、EBMの観点からエビデンスレベルはⅡaに相当する。

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説明

回復期を終え生活期にある患者の摂食嚥下機能は、決して常に一定ではない。生き甲斐のある生活や摂食への意欲、体力の向上などによって、摂食嚥下機能が改善する可能性は少なくない。逆に、摂食量・飲水量の低下に伴う脱水症や低栄養状態、低Na血症の発症、体力の低下、睡眠薬の多量服用、睡眠不足などによって、摂食嚥下機能が悪化する危険性が高い。在宅生活においても、かかりつけの医師や歯科医師、訪問看護師、歯科衛生士などによる症状の観察と生活指導が重要となる。介護保険制度を有効に利用し、体力や生き甲斐を低下させないように予防するとともに、定期的な口腔ケアのチェックを受けることが重要な鍵となる。

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参考文献

  1. 馬場尊,才藤栄一:摂食・嚥下障害の診断と評価.日獨医報 46: 17-25, 2001
  2. Daggett A, Logemann J, Rademaker A, Pauloski B: Laryngeal penetration during deglutition in normal subjects of various ages. Dysphagia 21(4): 270-274, 2006
  3. 椿原彰夫,才藤栄一,藤島一郎,他:摂食機能療法の効果に関する研究.日摂食嚥下リハ会誌 11(3): 403-405, 2007

推薦図書

  1. 椿原彰夫(編著):PT・OT・ST・学生のためのやさしい嚥下障害の診療.永井書店,2006
  2. 金子芳洋、千野直一(監修):摂食・嚥下リハビリテーション.医歯薬出版,1998
  3. 藤島一郎(編著):よくわかる嚥下障害,改訂第2版.永井書店,2005
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