説明
摂食嚥下リハビリテーションを学び、実際に行う上で必要な構造・解剖を解説する。
説明
食物は口腔に取り込まれた後、咽頭、そして食道へと送り込まれる。咽頭は空気の通り道でもあり、鼻腔・喉頭ともつながっている。嚥下の際にはその連絡路は閉ざされ、食物は入り込まない。口腔は上下の口唇からなる口裂で始まり、口蓋帆、口蓋舌弓・口蓋咽頭弓、舌根部によって狭くなっている部位‘口峡’で咽頭と隔てられる。咽頭は頭蓋底から第6頸椎の高さまで続く、骨格筋に囲まれた腔である。上方から上咽頭[咽頭鼻部、鼻咽頭]・中咽頭[咽頭口部、口咽頭]・下咽頭[咽頭喉頭部、喉頭咽頭]に分けられる。上咽頭と中咽頭は硬口蓋あるいは軟口蓋が挙上した高さで、中咽頭と下咽頭は喉頭蓋の高さで区切られる。喉頭は咽頭に開いた気管の入り口であり、第4~6頸椎の高さで下咽頭の前方に位置する。喉頭は軟骨に囲まれた臓器であり、常に内腔を有する。後方に位置する食道の壁は筋層からなり食道は通常はつぶれた状態にある。
説明
口腔は前方は口唇、側方は頬、上部は口蓋、下方は舌・舌下部からなる口腔底に囲まれる。口蓋の前方は中核に骨があり、硬口蓋と呼ばれる。後方は軟口蓋と呼ばれ、中核に口蓋筋があり、嚥下時に後上方へ挙上して鼻咽腔との繋がりを閉鎖する。歯列は「噛み切る」ための前歯(切歯・犬歯)と「すりつぶす」ための臼歯(大臼歯・小臼歯)からなる。成人では上顎下額とも中央から側方に向けて、1番:中切歯、2番:側切歯、3番:犬歯、4番:第一小臼歯、5番:第二小臼歯、6番:第一大臼歯、7番:第二大臼歯、8番:第三大臼歯と並び、上下左右で合計32本となる。犬歯は動物では門歯と呼ばれることが多く、第三大臼歯は智歯とも呼ばれ、いわゆる「親知らず」のことである。(乳歯は乳中切歯、乳側切歯、乳犬歯、第一乳臼歯、第二乳臼歯の20本であるが、顎の成長に伴い6歳頃から12歳頃にかけて「乳歯」から「永久歯」へ生えかわる。)歯列と頬・口唇との間の溝を口腔前庭、歯列より後方の広いスペースを固有口腔という。咽頭との境は口峡と呼ばれ、上壁は軟口蓋の後部である口蓋帆(中央部は下方に突出し口蓋垂と呼ばれる)、側壁は口蓋帆から外下方に向かう口蓋舌弓および口蓋咽頭弓よりなる。
説明
舌は前方の舌体と後ろ3分の1の舌根に分けられ、舌根は口腔底に付着する。舌の先端部を舌尖、上面を舌背という。舌体と舌根はV字形の舌分界溝によって区分される。分界溝が後方に角をつくるところに舌盲孔という陥凹がある。舌の粘膜には粘膜の小隆起である舌乳頭が発達している。糸状乳頭、茸状乳頭、葉状乳頭、有郭乳頭の4種の舌乳頭があり、糸状乳頭以外には味覚の受容器である味蕾が存在する。味蕾は軟口蓋、口蓋垂、咽頭にも分布するが大部分は舌乳頭にある。前方2/3の味覚は顔面神経、知覚は三叉神経、後方1/3は味覚・知覚ともに舌咽神経、喉頭蓋・咽頭部における味覚・知覚は迷走神経が支配する。舌の運動は舌下神経に支配される。
説明
舌の内部は筋が発達しており、舌の外部の骨から起こって舌に終わる筋を外舌筋(オトガイ舌筋・舌骨舌筋・茎突舌筋・口蓋舌筋)といい、舌の大きな運動に関わる。舌の中から起こり舌の中に終わる筋を内舌筋(上縦舌筋・下縦舌筋・横舌筋・垂直舌筋)といい、舌の形状を変化させる働きをもつ。外舌筋・内舌筋のほとんどは舌下神経に支配されるが、口蓋舌筋は迷走神経・舌咽神経からなる咽頭神経叢に支配される。
説明
咀嚼に関与する筋は、咬筋、側頭筋、内側翼突筋、外側翼突筋の4種類ある。咬筋は頬骨弓から起こり下顎角外面に停止し、下顎骨を挙上させ、歯をかみ合わせる働きがある。側頭筋は側頭部の側頭窩から起こり下顎枝の前方部分の筋突起に停止し、下顎を挙上するとともに後方へ引く働きがある。内側翼突筋は蝶形骨の翼突起から下方に走行し、下顎角内面に付着する。下顎の挙上に働く。外側翼突筋は蝶形骨の大翼と翼状突起から後方へ走行し、下顎骨関節突起に前面に付着する。片側が働けば下顎は体側へ移動し、両側が働けば下顎は前方に移動する。咀嚼筋群はすべて下顎神経(三叉神経第三枝)の支配を受ける。
説明
唾液は口腔内を湿潤させ、食物と混合することで咀嚼を助け、抗菌作用・消化作用もあり、摂食嚥下に大きく関わっている。唾液腺には大唾液腺である耳下腺・顎下腺・舌下腺と小唾液腺である口唇腺・頬腺・口蓋腺・臼歯腺・舌腺などがある。大唾液腺は分泌細胞から太い導管系を介して分泌され、小唾液腺は粘膜下に分泌細胞があり、多数の細い導管を介して分泌される。耳下腺は最大の唾液腺で耳前下方に位置し、導管である耳下腺管は5-6cmあり、上顎第2大臼歯の対岸にある耳下腺乳頭から口腔前庭に開く。顎下腺は顎舌骨筋の下方で下顎と顎二腹筋に挟まれるかたちで位置しており、顎下腺管は舌下小丘に開く。舌下腺は口腔底粘膜の下、顎舌骨筋の上方にあり、大舌下腺管は顎下腺管と合して舌下小丘に開き、その他に多数の小舌下腺管が舌下ヒダに沿って開いている。唾液には、デンプンの消化酵素であるアミラーゼを多く含む漿液性唾液と粘膜の表面をなめらかにする粘液多糖類や糖蛋白を多く含む粘液性唾液がある。耳下腺は漿液性唾液を分泌し、副交感神経である舌咽神経(小錐体神経)が分泌に関与する。顎下腺・舌下腺は漿液と粘液の混合性唾液を分泌し、副交感神経である顔面神経(鼓索神経)によって分泌が促進される。
説明
上咽頭の前方は鼻腔に開き、中咽頭は口腔につながっている。上咽頭には咽頭と鼓室をつなぐ耳管の開口部(耳管咽頭口)がある。下咽頭は前方で甲状軟骨に付着し、咽頭壁は喉頭の両外側に回り込む形となり、そこに梨状陥凹[梨状窩]と呼ばれる深い凹みを生じている。嚥下の際に喉頭を前方からふたをする役割を持つ喉頭蓋と舌根部に出来る楔状の隙間を喉頭蓋谷という。
説明
咽頭の側方・後方は筋層に囲まれている。咽頭の側壁・後壁は上・中・下の咽頭収縮筋からなる。上咽頭収縮筋は蝶形骨翼状突起、軟口蓋、舌根、下顎骨から起こり、中咽頭収縮筋は舌骨の大角・小角、下咽頭収縮筋は喉頭の甲状軟骨、輪状軟骨から起こり、いずれも咽頭後壁正中線の咽頭縫線に付着している。上咽頭収縮筋の下部の線維は舌根部に付着し、舌咽頭筋とも呼ばれ、嚥下の際に舌骨が後方に引かれると同時に咽頭後壁が舌根の高さで前方に隆起するのはこの筋の働きとされる。下咽頭収縮筋下部の筋線維は輪状軟骨後外側から対側の後外側まで走行し、輪状咽頭筋として区別されることもある。輪状咽頭筋は通常は収縮し吸気が食道に入らないようにしているが食物が通過する際には弛緩する。上食道括約筋、咽頭食道収縮筋とも呼ばれる。咽頭の筋群の神経支配は、茎突咽頭筋は舌咽神経であり、その他は迷走神経支配である。
説明
咽頭の内層には耳管咽頭筋、茎突咽頭筋、口蓋咽頭筋が縦に走っており、嚥下時に咽頭・喉頭を引き上げる。耳管咽頭筋・口蓋咽頭筋は舌咽神経・迷走神経からなる咽頭神経叢、茎突咽頭筋は舌咽神経の支配を受ける。口蓋咽頭筋は口蓋舌筋とともに軟口蓋を引き下げる働きがある。口蓋帆張筋と口蓋帆挙筋が口蓋帆を緊張・挙上させ、口蓋垂筋が口蓋垂を短縮させることで鼻咽腔閉鎖が行われる。口蓋帆張筋は下顎神経(三叉神経)、口蓋帆挙筋・口蓋垂筋は咽頭神経叢の支配を受ける。
説明
喉頭は気管の上端に位置する長さ約5cmの管状気管である。消化管に開いた空気の取り込み口で、発声器としての役割も持つ他、嚥下の際には食物が気道へ流入するのを防ぐ。内腔は喉頭腔であり、6種類の喉頭軟骨が互いに関節・靱帯によって結合され壁を作り、これに多くの喉頭筋がついている。喉頭の入り口を喉頭口といい咽頭下部の前壁にある。喉頭の最上部に位置するのが喉頭蓋である。喉頭最上部の前壁と甲状軟骨後面から起こり、甲状喉頭蓋靱帯で連結され、上方に伸びている。喉頭蓋の前面は舌面といい、後面を咽頭面という。喉頭蓋軟骨から出来ており、喉頭蓋前面の下1/3は舌根の後方となり舌骨喉頭靱帯で舌骨とつながっている。
説明
喉頭蓋と舌根の間に出来る楔状のスペースを喉頭蓋谷という。喉頭蓋の側縁から披裂軟骨の上端へ披裂喉頭蓋ヒダが走り、左右のヒダで喉頭口を挟む。披裂喉頭蓋ヒダの後部には楔状軟骨からなる楔状結節、小角軟骨からなる小角結節が左右対となり、両側の小角結節の間は披裂間切痕と呼ばれる。披裂喉頭蓋ヒダの下端は室靱帯や筋がヒダとなり仮声帯[室ヒダ、前庭ヒダ]と呼ばれ、声帯の上外側を平走する。喉頭口から仮声帯までの漏斗状の空間を喉頭前庭という。声帯は声帯筋と甲状披裂筋からなり、仮声帯の下を平行して前後に走っており、前方は甲状切痕から、後方は披裂軟骨の声帯突起に付着する。両側の声帯の間を声門裂といい、声帯と声門裂を合わせて声門という。仮声帯と声帯の間の隙間を喉頭室という。声帯から下方は声門下腔と呼ばれ気管腔に続く。声帯の運動は迷走神経の枝の反回神経に支配される。
説明
舌骨は下顎と咽頭の間に存在するU字形をした骨である。舌骨は他の骨との関節構造を持たず、前方は顎二腹筋前腹・顎舌骨筋・オトガイ舌骨筋で下顎に、後方は顎二腹筋後腹・茎突舌骨筋で側頭骨の後外側壁(乳様突起、茎状突起)に付着し、前後からハンモック状に吊り下げられている形となっている。下方は甲状舌骨筋・甲状舌骨靱帯によって喉頭と繋がっており、舌骨が前上方に挙上すると喉頭も前上方に挙上する。舌骨筋は舌骨より上方に位置する舌骨上筋群(顎二腹筋、茎突舌筋、顎舌骨筋、オトガイ舌骨筋)、下方に位置する舌骨下筋群(胸骨舌骨筋、肩甲舌骨筋、胸骨甲状筋、甲状舌骨筋)に分けられる。
説明
顎二腹筋の前腹は下顎骨前部後面から、後腹は側頭骨乳様突起内側から起こり、線維性の滑車を伴う中間腱を介して舌骨体に停止する。下顎が固定されていれば舌骨の挙上に働き、舌骨が固定されていれば下顎を引き下げる開口筋として働く。顎舌骨筋は下顎骨体内面から起こり、前方部は正中で顎舌骨筋縫線を形成し、後方部は舌骨体前面に停止する。下顎を下方へ引き下げるとともに、嚥下の際には口腔底と舌を引き上げる働きがある。茎突舌骨筋は側頭骨の茎状突起から起こり、舌骨大角の基部に停止する。舌骨を後上方へ引く働きがある。オトガイ舌骨筋は下顎正中部後面にあるオトガイ棘から起こり、顎舌骨筋の上を左右並んで走り、舌骨体の前面に付着する。下顎が固定されていれば舌骨を前方に引き、舌骨が固定されていれば下顎を引き下げる開口筋として働く。顎二腹筋前腹・顎舌骨筋は下顎神経(三叉神経)、顎二腹筋後腹・茎突舌骨筋は顔面神経、オトガイ舌骨筋は舌下神経の支配を受ける。
説明
食道の上端は喉頭の輪状軟骨の下縁で始まり、横隔膜の食道裂孔を通り、腹腔に入った後に胃に連なる。食道起始部から胸骨上縁までを頸部食道、胸骨上縁から横隔膜貫通部までを胸部食道、横隔膜貫通部から食道胃接合部までを腹部食道という。第1狭窄部;食道起始部、第2狭窄部;気管分岐部、第3狭窄部;横隔膜貫通部の3カ所に生理的狭窄部位もつ。第1狭窄部は食道の上端で第6頸椎の高さにあり、切歯からおよそ15cm、第2狭窄部は気管分岐部の高さで第4~第5胸椎の高さにあり、切歯から25cm、第3狭窄部は横隔膜の食道裂孔を通過する所で第11胸椎の高さにあり、切歯から約40cmのところに位置する。食道に分布する神経は交感神経と迷走神経であり、交感神経は血管運動性に、迷走神経は筋の運動性や腺分泌に関与する。筋層は内輪走筋と外縦走筋からなり、食物は筋層の蠕動運動によって運ばれる。
推薦図書
- 才藤栄一,向井美惠監修:摂食・嚥下リハビリテーション,第2版,医歯薬出版
- 井出吉信,小出馨編集:隔月刊補綴臨床別冊チェアサイドで行う顎機能診査のための基本機能解剖,医歯薬出版
- Jeri A Logemann:Logemann摂食・嚥下障害,医歯薬出版
- 小川鼎三,他:分担解剖学第3巻,金原出版