4.機能(生理)

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説明

摂食嚥下には随意運動と反射運動が複雑に組み合わされ、多くの臓器や器官が機能している。本稿では摂食嚥下の機能(生理)について概説する。

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説明

摂食行動とは、「食物を摂る」行動を広くさす。摂食嚥下の5期モデル1)は摂食嚥下の全体像を概念的に捉えやすい。次コースで詳述されるように、準備期から口腔期にかけては食物の形態すなわち「液体を飲む」のか(液体嚥下)、「固形物を食べる」のか(咀嚼嚥下)によって相(食塊移動)と期(運動生理学的事象)は異なることが明らかとなってきている2)

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説明

先行期は何をどのように食べるか判断して口まで適切に運ぶ時期である。摂食場面において、食物を口からとり取り込む前に(あるいは並行して)脳内では多数の情報が階層的に並行処理されている。食物が視覚情報として後頭葉に入ると、側頭葉では「何?」という形態視系が処理され、記憶と照合され「肉」と認識され嗜好も加味される。同時にテーブルや皿の「どこにある?」という空間情報、フォークなどの道具を「どう使う?」という情報は頭頂葉で処理される。一方、体内の血糖やホルモン等の情報は視床下部の摂食中枢を刺激して本能たる食欲を形成し「食べよう」という意思を強化する。これらの情報は前頭前野で統合され、「食べる順番」や「手を伸ばす方向」、「道具の使用」、「どのくらい開口してどの程度の力で咀嚼する」などの運動プログラムが形成され、運動野から脳幹や脊髄へ伝達される。一方、これらを「効率よく実行」するには覚醒、すなわち意識がある事、さらに「食行動」や「食べる対象や道具」に対して「注意」を空間的にも時間的にも持続、配分、選択、制御できるかが重要である。以上のように先行期には脳内の多くの領域が動員されている。また、直接的に摂食嚥下に関わる器官以外にも視覚、聴覚、嗅覚などの感覚器や上肢及び体幹などの運動機能も摂食行動には重要である。

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説明

(口腔)準備期には食物を取り込み(捕食)、噛み砕かれて唾液と混ぜられた食べ物(食塊)を形成する。捕食には口唇と歯が重要で、口唇と顎の開閉により行なわれるが、その方法は食物の形態や食器の種類によって異なる。口唇の運動は表情筋によって行なわれ、咀嚼中にも食物が口からこぼれないように働き、頬筋は食物が口腔前庭に落ちないよう保持する。

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説明

大きい固形物は上下の切歯や犬歯でかみ切り、捕食する。歯列弓は4つの歯の群から構成される。上下の歯列弓相互のかみ合わさった状態を咬合という。臼歯は「押しつぶし」や「すり潰し」の機能を担う。歯と歯槽の間には歯根膜があり、圧受容器として働く。歯が脱落すると咬合圧がかからないため歯槽骨は吸収され、口腔の形態が崩れ咀嚼効率は低下する。

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説明

下顎の運動による開口と閉口によって上下歯列が接近し食物は圧縮、粉砕される。下顎は閉口とともに側方へも動き、食物をすり潰す運動(臼摩運動)を行っている。咀嚼筋は主に三叉神経支配である。当初、大脳皮質からの司令によって随意的に開始された後、脳幹の咀嚼中枢にあるリズム発生器からの信号により周期的な自動運動となる3)。咀嚼には咀嚼筋だけでなく、舌や頬、口唇など多くの器官の協調が必要である。

注)
1.外側翼突筋の作用
外側翼突筋は円滑な咀嚼運動に対して重要な役割を果たすが、その機能特性は十分に明らかにはされていない。多くのテキストで開口筋に分類されていることが多いが、下記のような様々な意見がある。
・開口・閉口で外側翼突筋を分けるのは無理がある
・解剖・組織では外側翼突筋を開口筋に分類していない
・開口筋に下頭、閉口筋に上頭として、開口筋と閉口筋の両方に外側翼突筋を記載すべき
・外側翼突筋は記載しなくて良い
本テキストでは、外側翼突筋(下頭)として開口筋に含めた。

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説明

唾液分泌は自律神経によって反射性に調整され、交感神経刺激では少量の粘液性唾液が、また副交感神経刺激では大量の漿液性唾液が分泌される。交感神経と副交感神経との拮抗支配はなく、ともに促進作用がある。口腔や食道、胃の粘膜への刺激ならびに味覚、嗅覚、その他条件反射によっても分泌は亢進し、脳幹の下位中枢と大脳の上位中枢により調整される4)。唾液は咀嚼や嚥下の補助の他、洗浄や味覚の発現、消化と多くの働きを持つ。

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説明

嚥下における舌の運動には、食物の粉砕やすり潰し処理のために臼歯部に移送する機能(プロセスモデルにおけるstage I transport5))と食塊を口腔から咽頭に送り込む機能(stage II transport5))がある。舌運動は内舌筋と外舌筋によって行われ、舌下神経の支配を受ける。

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説明

舌の感覚機能には、体性感覚(触覚と圧覚、温度覚、痛覚、さらに深部覚として位置覚、運動覚)と味覚がある。部位により求心性神経支配は異なり、前方2/3において体性感覚は舌神経(三叉神経)が、味覚は鼓索神経(顔面神経)が支配している。一方、後方1/3は共に舌咽神経の支配である。味覚は味蕾にある化学受容細胞が塩味、酸味、甘味、苦味の4基本味質を検出する。これらの感覚情報は脳幹、視床、大脳皮質に伝達され嚥下運動を調整する。

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説明

嚥下運動は嚥下反射によっておこる一連の運動で、気道を閉鎖して(呼吸は停止し)食塊が咽頭を通過して食道に送り込まれる。嚥下運動は1日約600回行なわれている6)

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説明

嚥下運動に関与する主な咽頭喉頭の筋肉は、舌骨を上前方へ挙上させる筋群や喉頭を挙上させる筋群、喉頭を閉鎖させる筋群、咽頭収縮筋群などである。輪状咽頭筋は咽頭期には弛緩する。

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説明

嚥下に関与する主な運動神経として、脳神経では三叉神経、顔面神経、舌咽神経、迷走神経、舌下神経などである。

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説明

嚥下に関与する主な感覚神経は、三叉神経、舌咽神経、迷走神経などである。

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説明

嚥下運動の反射機構は、口腔や咽頭の粘膜にある感覚受容器から舌咽、迷走神経等の求心性神経を介して、脳幹の延髄にある嚥下中枢に伝えられ反射的に遠心性神経を介して嚥下関連筋群の運動を引き起こす。嚥下反射や咳反射の求心性の神経伝達物質としてサブスタンスPが重要なことが知られてきている7)。感覚受容器からの情報はさらに視床や大脳辺縁系、大脳皮質にも伝えられる。大脳皮質や大脳辺縁系の上位中枢は嚥下反射中枢の活動をコントロールしていると考えられている。嚥下に関与する大脳皮質には第一次運動野や感覚野の口腔顔面領域から咽頭、喉頭にかけての領域、島葉、前帯状皮質などが明らかとなってきている8)

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説明

摂食嚥下には脳幹を介して反射的に行なわれる運動と大脳皮質からの司令によって随意的に行なわれる運動がある。脳幹には咀嚼のリズム発生器があり、嚥下の運動パターン発生器(CPG)も存在すると考えられている。これらの反射中枢は上位中枢からその活動を調整され、また末梢の感覚受容器からの求心性入力により修飾されると考えられている8)

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参考文献

  1. Leopold NA, Kagel MC. Swallowing, ingestion and dysphagia: a reappraisal. Arch Phys Med Rehabil. 64:371-373.1983.
  2. 馬場尊,プロセスモデル(嚥下)、臨床リハ, 18(1): 49, 2009.
  3. 中村嘉男,咀嚼運動の生理学,医歯薬出版,1998.
  4. 松尾龍二,唾液分泌の中枢制御機構,日本薬理学会雑誌,127(4):261-266,2006
  5. Palmer JB, Integration of oral and pharyngeal bolus propulsion: a new model for the physiology of swallowing. 日本摂食・嚥下リハビリテーション学会雑誌,1: 15-30, 1997.
  6. Lear CS, Flanagan JB Jr, Moorrees CF. The frequency of deglutition in man. Arch Oral Biol. 10:83-100, 1965.
  7. 松元秀次,下堂薗恵,川平和美,嚥下障害のバイオマーカー:サブスタンスP,Geriatric Medicine 45(10): 1331-1335, 2007.
  8. 山田好秋,嚥下の神経生理学,日本摂食・嚥下リハビリテーション学会雑誌,10(1): 3-11, 2006.

推薦図書

  1. 才藤栄一,向井美惠監修:摂食・嚥下リハビリテーション,第2版,医歯薬出版
  2. 藤島一郎:脳卒中の摂食・嚥下障害,第2版,医歯薬出版
  3. J. A. Logemann著/道健一,道脇幸博監訳:Logemann 摂食・嚥下障害,医歯薬出版
  4. M. A. Cray, M. E. Groher著/藤島一郎 訳:嚥下障害入門,医歯薬出版
  5. M. E. Groher著/藤島一郎 監訳:嚥下障害 原著3版 その病態とリハビリテーション,医歯薬出版
  6. Kim C.L, Julie M.L, Kellie L. S.著/金子芳洋 訳:摂食・嚥下メカニズムUPDATE,医歯薬出版
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