

説明
正常の摂食嚥下の生理を述べるとき、主に2つの系統的モデルが用いられる。 臨床的には,これらに先行期を加えた5期モデルが一般的に用いられる。
4期モデル(Four Stage Model)1:水、もしくはそれに準じた液体の嚥下動態に対する摂食嚥下モデル。食物の場所より、先行期から食道期までの4期に分けて説明する。各期がほぼ重複することなく続いていく。
プロセスモデル(Process Model)2:食物の咀嚼、嚥下時の動態に対する摂食嚥下モデル。咀嚼中に食物が口腔と咽頭に存在する事象を説明する。

説明
4期モデルは「命令嚥下」の概念を基本としている。命令嚥下では、対象者が嚥下前に食塊を口腔内でいったん保持した後、合図とともに嚥下を行うものとされていた。4期モデルをもとにした多くの研究は、液体を命令嚥下したときの運動と食塊の動きを適切に描写しているが、その嚥下運動を、日常の食べる、飲むときの動態へと一般化することは難しい。
液体バリウムを命令嚥下したときのVFスローモーション映像を下に示す(画像をクリックすると動画スタート)。バリウムは、はじめ口腔内に保持されている(準備期)。このとき舌と軟口蓋により口峡部が閉鎖されているので、口腔は咽頭から遮断されている。そのため、健常者では、嚥下開始前に食塊が咽頭にたれ込むということはない。いったん嚥下が始まるとバリウムは、咽頭を通過し、食道へと運ばれる。

説明
4期モデルのステージは、下記の5つに分類される。
先行期:食物を口に取り込むまでの段階(臨床的な5期モデルで用いられる)。
準備期:口腔内での食塊形成の時期。舌後方部と軟口蓋による口峡部閉鎖により、口腔は咽頭から遮断されている。舌が食塊を保持している(下図(1))。
口腔期:食物を口腔から咽頭へと送り込む時期。食物が嚥下できる状態になったら、食物を保持していた舌は、前方部から口蓋へと接し始め、舌後方部は下降する。同時に、軟口蓋が後方へと挙上し、口峡部は開かれ、食塊は舌と口蓋によって絞り込まれるように咽頭へと送り込まれていく(下図(2))。
咽頭期:咽頭の神経、筋の連続した活動により食物が咽頭を通過する時期。食塊は咽頭から上食道括約筋部を越え、食道へと送られる(下図(3,4))。詳細については次スライドにて説明する。
食道期:食道に入った食塊は、蠕動運動と重力によって下方へと運ばれ、最終的に下食道括約筋部を通り胃へと至る(下図(5))。

説明
咽頭嚥下は、1秒に満たない時間に起こる30以上の神経と筋肉が関わる運動の集合である。
軟口蓋挙上、上咽頭の収縮により鼻咽腔が閉鎖される。
舌根部が後方へ収縮し、中咽頭の収縮とともに食塊を下方へと押す。
舌骨と喉頭が前上方へと挙上する。この喉頭挙上と舌根部の後方への押し込みに伴い、喉頭蓋が後方へと倒れ込む。
喉頭蓋倒れ込みとともに、声門閉鎖と披裂部の内転により、下気道は咽頭腔から完全に遮断される。
喉頭の挙上と輪状咽頭筋の弛緩により、食道入口部が開大する。

説明
食物を食べるとき、咀嚼された食物は、液体の命令嚥下とは異なる様式で咽頭へと送り込まれる。この食物の流れを4期モデルで表現するには限界がある。そこで、この食物を咀嚼したときの摂食嚥下動態を説明するために、プロセスモデルが提唱された。
プロセスモデルの特徴を下記に記す。
- 食物を食べるとき、咀嚼された食べ物は、嚥下の咽頭期が始まる前に、口峡を通って中咽頭、喉頭蓋谷に送りこまれ、集積されていく。
- 咀嚼された食物の一部が中咽頭へと送られた後も、口腔内に残っている食物は引き続き咀嚼される。
- つまり、食物が嚥下前に口腔にもありながら、咽頭にも存在する。

説明
プロセスモデルは、摂食嚥下活動に関連した器官の動きにより、下記の4つのステージに分類される。第2期輸送は咀嚼中に行われるので、4期モデルと異なり、2つのステージが同じ時間に起こっているというときがある。
第1期輸送(Stage I transport):捕食された食物を臼歯部へと運ぶ時期。舌が、全体的に後方へと動くことによって、舌の上にのせた食べ物を臼歯部へと運び(舌の「プルバック」運動)、外側へと回転して、食べ物を下顎の咬合面へとのせる。
咀嚼(Processing):咀嚼により食物を小さく粉砕し、唾液と混ぜ、嚥下しやすい性状へと変化させる時期。下顎の周期的な咀嚼運動とともに、舌、頬、軟口蓋、舌骨なども周期的に連動しながら動く。
第2期輸送(Stage II transport):咀嚼した食物を中咽頭へと送る時期。咀嚼された食物の一部は、嚥下できる性状になると、舌の中央にのせられ、舌の絞り込むような動き(舌の「絞り込み(squeeze back)」運動)により中咽頭へと運ばれる。
咽頭嚥下(Pharyngeal swallow):食塊を咽頭から上食道括約筋を越え、食道へと送る時期。固形物を咀嚼し嚥下する時の咽頭と喉頭の動きは、液体嚥下時とほぼ同じである。

説明
この動画は、若年健常成人がバリウムが塗布された6gのバナナを食べるところを、側面ビデオ嚥下造影にて撮影したものである(画像をクリックすると動画スタート)。口に取り込まれた食物は、舌によりすぐに臼歯部へと運ばれ(第1期輸送, stage I transport)、咀嚼が開始される。咀嚼中に、舌が咀嚼された食片から順々に中咽頭へと運んでゆく(第2期輸送, stage II transport)。喉頭蓋谷に溜まった食塊と口腔から送り込まれた食塊が合わさり、嚥下される。

説明
食物の咀嚼中、下顎の周期的な咀嚼運動に連動して、軟口蓋、舌、頬も周期的に動いている。
軟口蓋は、開口とともに挙上し、閉口とともに下降する5)(左動画、画像をクリックすると動画スタート)。
舌と頬は、下顎の咀嚼運動にあわせて下顎の咬合面に食物をのせるように動く6)。
軟口蓋と舌の周期的な運動のため、咀嚼中、口峡部は開いている。液体嚥下時のような口腔内に食物を保持するような口峡部の閉鎖は見られない。

説明
咀嚼された食物の一部は、嚥下できる性状になると、舌の中央に集められた後、口峡を越えて中咽頭へと送り込まれる。この送り込みを第2期輸送(Stage II transport)と呼ぶ。
第2期輸送は、閉口中に起こる。舌の前方部が最初に上顎前歯の裏側の硬口蓋に接触する。咀嚼された食塊を中咽頭へと絞り込むように、舌-口蓋の接触領域は徐々に後方へと拡大していく(舌の「絞り込み(squeeze back)」運動)。
第2期輸送は、主に舌の絞り込み運動によるため、重力は必要としない。
第2期輸送は咀嚼中に間歇的に起こり、送り込まれた食塊は、その後の咀嚼中、中咽頭の舌背部と喉頭蓋谷部に集積される。口腔に残っている食物は、引き続き咀嚼され、さらなる第2期輸送により、中咽頭に集積される。

説明
スローモーション動画1
第2期輸送(Stage II transport)のスローモーション映像を示す(画像をクリックすると動画スタート)。閉口した後、舌が食物を舌背上にのせ、口蓋に対して絞り込むように中咽頭へと送り込んでいる。
スローモーション動画2
第2期輸送は、咀嚼中間歇的に起こる。左下動画で示す映像(画像をクリックすると動画スタート)では、第2期輸送が起こった後、咀嚼が3回起こり、さらに第2期輸送、嚥下と続いている。

説明
液体と固体を同時に摂取するときには、食物の咽頭への進入様式がまた変化する7)。
固体と液体を同時に摂取したときには、食塊は嚥下前に高率に下咽頭へと送り込まれる。
動画
咀嚼中は口峡部は閉じていないので、固形成分を口腔中で咀嚼している間に、液体成分は重力の影響で下咽頭へと流れていく(左動画、画像をクリックすると動画スタート)。しかし、よつばい位にして重力の影響を取り除いた状態で食べると、中咽頭までは食物は送り込まれるが、下咽頭までは流れていかない(右動画、画像をクリックすると動画スタート)。
つまり、固体と液体を同時に摂取したときの送り込みには、舌による能動的な送り込みと重力により流れ込みの両方が関与している。特に、下咽頭までのたれ込みには、重力が大きく影響を及ぼしている。

参考文献
- Leopold NA, Kagel MC. Dysphagia--ingestion or deglutition?: a proposed paradigm. Dysphagia 12 (4): 202-6, 1997.
- Palmer JB, Rudin NJ, Lara G, Crompton AW. Coordination of mastication and swallowing. Dysphagia 7 (4): 187-200, 1992.
- Matsuo K, Palmer JB. Anatomy and physiology of feeding and swallowing: normal and abnormal. Phys Med Rehabil Clin N Am 19 (4): 691-707, 2008.
- 松尾浩一郎, Palmer JB. 摂食・嚥下のプロセスモデル:生理学と運動学. In: 才藤栄一, 向井美惠, eds. 摂食・嚥下リハビリテーション. 第2版 ed. 東京: 医歯薬出版, pp. 62-77, 2007.
- 松尾浩一郎, 目谷浩通, Mays KA, Palmer JB. 摂食中における軟口蓋の動きと下顎運動の連動性の検討. 日摂食嚥下リハ会誌12 (1): 20-30, 2008.
- Mioche L, Hiiemae KM, Palmer JB. A postero-anterior videofluorographic study of the intra-oral management of food in man. Arch Oral Biol 47 (4): 267-80, 2002.
- Saitoh E, Shibata S, Matsuo K, Baba M, Fujii W, Palmer JB. Chewing and food consistency: effects on bolus transport and swallow initiation. Dysphagia 22 (2): 100-7, 2007.


