説明
高齢者は摂食嚥下障害の有無が大きな問題となる。それは高齢者の健康を維持するために栄養を摂取することが必須であるにもかかわらず、摂食嚥下障害があると食べたくても食べられない状況が生じるからである。また、老後の数少ない楽しみを奪う要因ともなる。ここでは高齢者の摂食嚥下に関わる問題と摂食嚥下機能の加齢変化について解説する。
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まず高齢者の摂食嚥下にかかわる問題を考える。歳をとると食が細くなると言う。食欲の低下は生理的な加齢変化に基盤がある。なお、食欲の日内変動リズムも変化し、高齢者では朝昼は食欲が旺盛で、夕食は食欲がなくなる人が多い。夕食に力を入れる献立は、人によっては考え直す必要があろう。
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高齢者の不慮の事故死原因でのうち窒息は最も多い(2位 溺水, 3位 転倒転落)。食事場面は日常生活内でもっともリスクの高い場面と考えられる。
窒息は、誤嚥した食物などが気道を塞ぎ、呼吸が出来なくなった状態である。窒息の原因となる食品として、しばしば「もち」や「こんにゃくゼリー」が挙げられるが、実際にはご飯類、パン、菓子類、魚介類、肉類、果実類など、摂取する機会の多いごく日常的な食品が原因となっている。すなわち、普段は嚥下障害を自覚していない高齢者であっても、予備力が低下しているので、準備期、口腔期の処理が適切に行われないと窒息をおこす。
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日本人の死因の第3位は肺炎で、2011年では年間約12万人が肺炎で死亡している。このうち7割程度が誤嚥性肺炎と見積もられる。特に、高齢者ではその割合が多くなり、高齢者の誤嚥性肺炎の予防は重要である。これには、加齢による摂食嚥下機能の低下や、防御反応の低下、基礎疾患の存在などが大きく影響している。
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摂食嚥下機能の加齢による変化をみるとき、加齢による生理的変化と各個人がもっている疾患による病的変化を区別しなければならないが、実際は困難である。しかし、嚥下機能には予備力があり、生理的な変化だけで嚥下障害に陥ることは通常ないとされている。したがって、高齢者の摂食嚥下障害は、生理的変化に加え、比較的軽度の病的変化で発症すると考えられる。高齢者は脳血管障害をはじめ、摂食嚥下障害の原因となる疾患は多いが、明らかな神経筋疾患はなくても、全身麻酔時の気管内挿管による声門機能不全や手術後の絶食による嚥下関連器官の廃用などで、摂食嚥下障害を発症することはまれではない。
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まず、加齢による感覚の変化をみる。
味覚は、食事のおいしさを構成する重要な要素である。従来、加齢により味覚能は低下すると考えられていた。これは味蕾や味細胞などの組織学的変化に裏付けられていた。しかし、健常高齢者を対象とした多くの調査では単味質の場合、認知能が低下しないとの報告が主流である。但し、より実用的な複合味の認知になると加齢変化は顕著に現れる。また、加齢による基礎疾患の増加やその治療薬の影響で影響をうけ味覚が鈍くなる。
味覚刺激は1)嚥下機能に良い影響をもたらす、2)カプサイシンは咳反射の低下を改善する、との報告もあり、おいしく食べる以上の効果も期待できる。
嗅覚も食事の際に風味として働き、食欲を促進する要素である。風邪を引いたときの食事の味気なさは誰もが経験しているであろう。嗅覚は加齢変化がはっきりしている。嗅力は30歳頃をピークとして加齢と共に漸次低下し、50歳を過ぎると各種の匂いに対して認知能力が低下する。
ブラックペッパーの精油の匂いは要介護高齢者の咳反射を促進したとの報告があり、匂い刺激を誤嚥予防に利用する試みがなされている。
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加齢による嚥下関連器官の形態と機能の変化を解説する。
まず、咀嚼機能であるが、咀嚼機能は残存歯数と咀嚼筋の機能によって決まる。残存歯数は65~69歳では21.3本であるが、85歳を越えると6.0本となる。義歯などの装置を装着しないと咀嚼機能は回復できない。また、上下の咬み合わせが安定せず下顎がしっかり固定されてないと口腔期の嚥下運動が妨げられる。
咬合筋力はデンタルプレスケールオクルーザーシステムを用いた計測では、70歳代までは若年者と比して余り低下はしないが、80歳以上では有意に低下したとする報告がある。
このように咀嚼機能は加齢に伴い低下する。結果、食べる食品に偏りが生じ、野菜類の摂取が減少し、加工食品の摂取が増加することが報告されている。
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口腔内で中心的な働きをする舌は、筋層の菲薄化、結合組織の増加など組織学的な変化にもかかわらず、加齢に伴う舌圧の低下は報告されていない。しかし、舌や頬の協調性の低下の可能性は考えられる。その結果、食塊形成が不十分であったり、食塊の送り込みと咽頭期のタイミングが合わなかったりすることによる、誤嚥や窒息のリスクはある。
唾液の分泌は食塊形成に重要な役割を果たす。唾液分泌が減少すると飲み込みが困難になる。しかし、純粋な加齢変化だけでは、腺房の萎縮が多少見られるものの、唾液の分泌能低下はおこらないとされている。しかし、高齢者では疾病や薬の摂取による唾液分泌の抑制がしばしば認められる。また、高齢者は体内の水分量が少ないので、唾液分泌の予備能力は低いと考えられ、さらに容易に脱水になる。したがって、口腔内が乾燥している高齢者は多い。
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加齢による変化としてよく知られているものに、70歳を過ぎた頃から始まる安静時の喉頭位の下降がある。若年者では第5頸椎付近の高さにある喉頭はが、第7頸椎相当部まで近づく。その結果、咽頭腔は拡大し、咽頭内に食塊が残留するようになる。これを飲み込むため、もう一度嚥下する必要が生じることがある。また、喉頭挙上に時間がかかり復位にも時間がかかるので咽頭期は延長することになる。そして喉頭低位の例は喉頭閉鎖に時間がかかるので喉頭侵入の頻度は増える。
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咽頭期では、嚥下反射の惹起性でみると、研究方法の差異により見解が異なっている。嚥下造影でみると、食塊が咽頭に侵入してから嚥下反射が起こるまでの時間がかかるとしている報告が多いが、咽頭に液体を少量ずつ滴下して嚥下反射の起こりやすさをみる検査では加齢により変化が無く、誤嚥性肺炎を起こしたことのある例や、大脳基底核が障害されている例に嚥下反射が起こりにくいとする報告がある。これらは一見、相反する結果にみえるが、嚥下造影の結果は前述した口腔の協調機能の影響が加味されるので、嚥下反射惹起の閾値が変化がなくても、食塊の動きに咽頭期が十分に間に合っていないということは考えられる。結果、喉頭侵入は加齢により増すと考えられる。病的な変化が無ければ誤嚥は生じないとされているが、超高齢者では誤嚥を認めるという報告3)がある。
いずれにせよ、加齢による喉頭低位、不顕性の脳梗塞の存在も想定される普通の高齢者の咽頭期の機能は低下している。
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高齢者は上食道括約部(UES:Upper esophagial sphincter)の開きが小さいとされている。UESの開大には、1)輪状咽頭筋の弛緩、2)オトガイ下筋群と甲状舌骨筋の収縮による舌骨、喉頭の前方への挙上、3)食塊が上方から送られてくる圧力が関係するが、2)や3)が低下する結果、嚥下時のUES開大量は小さくなり、通過量が減るので咽頭残留が増す。
また、食道蠕動の低下や、食道の器質的な異常は加齢とともに増すと考えられ、食道に食塊が停滞したり、胃食道逆流のリスクが高くなる
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嚥下時の呼吸パターンをみると、準備期、口腔期、食道期に気道は開き、この間は呼吸をしている。咽頭期には喉頭が閉鎖されるので無呼吸になる。加齢に伴い、嚥下中の無呼吸期が延長すると報告されている。これは咽頭期の持続時間が延長していることを反映している。
通常、嚥下の後は呼気で始まる。これは嚥下後に気道入り口に僅かに残っていた残留物をはき出すのに役立つ。しかし、高齢者では吸気から始まる例が増加する。
また、咳反射の閾値が増し、咳が起こりにくくなるとされている。
このように加齢により、気道の防御能が低下し、誤嚥のリスクは増す。
参考文献
- 向井美恵:H19厚生労働特別科研報告,2007
- 山脇正永:誤嚥性肺炎の疫学,総合リハ37,105-109,2009
- 三輪高喜:高齢者の嗅覚障害,Geriat.Med.44(6):813-817,2006
- 海老原孝枝ら:ブラックペッパーの精油の匂いは老人施設入居者の嚥下反射を顕著に促進した,臨床栄養、112(7)802-803,2008
- 松尾浩一郎:摂食・嚥下機能に対する加齢の影響,ModernPhysician,26,11-14,2006.
- Logemann JA:加齢による変化,摂食・嚥下障害,29-43,2000,医歯薬出版(道健一、道脇幸博 監訳)