12.合併症:誤嚥性肺炎・窒息・低栄養・脱水

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説明

誤嚥イコール肺炎ではない。誤嚥を起こせば必ず肺炎を起こすわけではなく、肺炎の発生には誤嚥物の量、誤嚥物内の細菌量、誤嚥物のpH(胃液を誤嚥した場合にはpHが低いので肺への傷害性が高い)、咳反射の有無と喀出力の強弱、肺の局所免疫能、身体の防衛体力(栄養状態、免疫)が関与する。

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説明

肺炎は日本人の死因の第3位を占める疾患であり、その95%が高齢者である。

肺炎を起こす誤嚥のひとつは食事に伴う誤嚥であり、むせを示す場合と示さない場合(不顕性誤嚥)がある。もうひとつは食事に伴わない誤嚥であり、唾液の誤嚥、咽頭分泌物や貯留物の誤嚥である。micro-aspirationといわれる。多くの場合むせを示さないため、このような唾液の誤嚥を不顕性誤嚥と記載している文献もある(一般的には、耳鼻科やリハ科など、VF観察の歴史のある科の医師は、咳のない誤嚥であれば、唾液に限らず不顕性誤嚥と呼ぶが、肺炎発症と関連して誤嚥を考える内科医の著述では、唾液の誤嚥を不顕性誤嚥と呼んでいる場合が多い)。夜間の唾液の不顕性誤嚥が、特に高齢者での肺炎には関与していると考えられている。胃食道逆流も誤嚥の原因になり、肺炎の要因となりうる。胃食道逆流は高齢者や臥床者では自覚症状が少ない。

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説明

肺炎の3徴は咳・痰・発熱といわれているが、高齢者では上記の症状が必ず全て出現するとは限らず、ぼうっとしている(軽い意識障害)、尿失禁をした、などの全般的な身体機能低下症状が出ることも多い。胸部レントゲンまたはCTでの浸潤影が肺炎診断の決め手になる。

誤嚥性肺炎は右下肺に多いとされている。解剖学的に、右の主気管支は左の主気管支より垂直に近いため、誤嚥物は右肺に落ちやすいからである。しかし、吸気の入りやすい上葉に肺炎を起こす症例、臥床がちで背部に肺炎を起こす症例などもあり、右下葉でないことが誤嚥性肺炎でない理由にはならない。

血液中の白血球・CRPは炎症を示す所見で、肺炎だけでなくさまざまな炎症性疾患(感染症やリウマチなど)で上昇する。白血球の正常値は、測定方法にもよるが概ね約3000~8000/μℓであり、高齢者では低い事が多い。CRP(C Reactive Protein)は炎症や組織破壊が起きているときに肝臓から産生されるタンパク質で、炎症の強さの指標に使用される。正常値は、概ね0.4mg/dℓであり、1 mg/dℓであれば上昇と考えてよい。

長寿科学総合研究事業「嚥下性肺疾患の診断と治療に関する研究班」による肺炎の診断基準は「次の①、②を満たす症例」である。

「①胸部レントゲン写真または胸部CTで肺胞性陰影(浸潤影)を認める。②37.5度以上の発熱、CRPの異常高値、末梢白血球数9000/μℓ以上の増加、喀痰など気道症状のいずれか2つ以上存在する場合」

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説明

しかし、誤嚥による肺炎すなわち誤嚥性肺炎はどのような必要条件で診断されるかについて定説はない。臨床的に肺炎の原因として嚥下障害以外の明らかなものが考慮されない場合、誤嚥性肺炎として対応する。スライドに診断フローチャート(嚥下性肺炎研究会作成)を参考に掲載する。

長寿科学総合研究事業「嚥下性肺疾患の診断と治療に関する研究班」が発表した「誤嚥性肺炎の臨床診断基準」では下記のように定義されている。(注;この誤嚥性肺炎は嚥下性肺炎の一部で、スライドの嚥下性肺炎通常型に相当する。)

I. 確実例
IA. 明らかな誤嚥が直接確認され、それに引き続き肺炎を発症した症例。
IB. 肺炎例で気道より誤嚥内容が吸引等で確認された症例。

II. ほぼ確実症例
IIA. 臨床的に飲食に伴ってむせなどの嚥下障害を反復して認め、肺炎の診断基準を満たす症例。
IIB. IAまたはIBに該当する症例で肺炎の診断基準のいずれか一方のみを満たす症例。

また、誤嚥性肺炎は常に単独で発症するとは限らず、非誤嚥性の肺炎(インフルエンザ肺炎、肺炎球菌性肺炎など)の発症例が、臥床や経過による廃用で誤嚥をして誤嚥性肺炎を合併することや、慢性の炎症性肺疾患(肺気腫、間質性肺炎など)例が誤嚥をして誤嚥性肺炎を合併することも稀ではない。

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説明

嚥下障害の症例が発熱を認めた場合、いつでも必ず誤嚥性肺炎が原因であるわけではない。嚥下障害症例は、その他の身体機能も低下している事があり、さまざまな原因で発熱を起こす事がある。診断する立場でなくても、どのようなことなのか理解しておいた方がよい。

尿路感染症は、膀胱炎または腎盂腎炎(頻度は低い)のことである。urinary tract infection :UTIと略されることも多い。尿路カテーテルを留置されていると、尿路感染症を起こす頻度が高くなるが、自排尿、あるいは失禁症例でも、残尿(膀胱中の尿を全て出し切る事のできない場合)がある場合には尿路感染の頻度が高くなる。治療は抗生物質の投与と残尿を無くす・減らすことである。

胆嚢炎も、長期臥床により発生頻度が上昇する。廃用症候群としての胆嚢炎は、禁食を続けて胆汁分泌の需要が無かった期間のあと、消化管が動き始めて胆嚢も働き始めないといけない時に発症しやすく、まさに食事再開時であるために、誤嚥性肺炎による発熱との鑑別が重要である。障害者では、必ずしも腹痛を訴えるとは限らず、採血での胆道系の酵素(ALP・γGTPなど)上昇および炎症所見(CRP、白血球が上昇)、エコーやCTで胆嚢の拡張などの所見が得られたことと合わせて診断する。治療は禁食・抗生物質投与、さらにはドレナージ(管を入れる)、手術などである。胆嚢炎での禁食期間が長くなると、さらに嚥下機能にも廃用の悪循環が生じる。

腸感染症。下痢のある場合には感染性腸炎を疑い、便を培養して調べる。治療は抗生物質、禁食である。院内発症の感染性下痢症の多くは、 Clostridium difficile腸炎(CD関連腸炎)である。これは院内感染であり、アルコールでの手洗いが無効で、所定の感染予防対策をとる。

上気道、肺の感染症で発熱する場合があり、特に従来から結核、肺MAC症などがある場合はその再燃である可能性がある。

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説明

直接訓練施行中の症例が発熱をきたしたら

主治医と連絡を取り、発熱の原因が直接訓練による誤嚥かどうか判断を仰ぐ。検査結果が出るまで、いったん禁食にするのかどうかの指示を仰ぐ。その場合でも、発熱による体調不良が著明でない限り、嚥下機能低下を予防するために間接訓練は継続したい。主治医と相談する。

発熱の原因が直接訓練による誤嚥である場合、直接訓練の食形態・介助法・量、不顕性誤嚥の見落としなど見直すべき点がないか検討する。再度直接訓練を再開するかどうか、どのような条件で再開するか、について主治医の判断を仰ぐ。また、直接訓練以外の項目で追加や見直しが必要な点がないかどうか検討する。たとえば、排痰訓練の強化、口腔ケアの強化、体位への配慮、などである。禁食による栄養状態の悪化リスクへの対処(肺炎であればさらに栄養が必要である)についても確認する。

肺炎のコントロールに難渋し、当分禁食することになったり、胃瘻を作成することになったりなど目標の変更もありうる。ゴールのレベルを下げることによる本人の心理面にも配慮した対応が望まれる。

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説明

誤嚥性肺炎の予防には、嚥下訓練だけでなく多角的な対応が必要である。

食事に伴う誤嚥の防止として、嚥下機能改善のための訓練や治療を行ない、食事の際には、食形態の調整・代償的テクニックの利用・適切な介助に配慮する。禁食も、食事に伴う誤嚥の防止手段である。

併行して、唾液の誤嚥によるリスクの軽減も図る。口腔ケアの励行、また、人工呼吸器装着症例などでは咽頭ケアにも心がける。嚥下機能改善のための薬物療法も検討する。

胃食道逆流を軽減することも肺炎の頻度を減らす。食後の座位保持のほか、夜間や臥床時のヘッドアップ体位は効果があるが、ずり落ちにより仙骨部褥瘡を作らないように配慮する。経腸栄養症例では、逆流をおこさないように、過量を避け、半固形での注入を検討したり、注入速度や順序を考慮する。

一方、誤嚥を皆無にすることはできないと考え、咳・喀出能力の改善を図る。内服薬による咳反射改善、訓練による喀出能力の改善、排痰法指導、内服や吸入による援助が行われる。
肺炎からの回復や、1日に何回も咳をするためには、全身体力が必要であり、免疫力の改善のためにも、ADLや活動性を挙げ、栄養状態を改善させる。その目的で、経口摂取を目指す症例でも、点滴や経腸栄養を併用することもある。(スライド 参照)

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窒息を起こす食物・場面

窒息による死亡数は平成28年には9346名、そのうち8493名(90.9%)が高齢者である。

窒息を起こす食物は餅だけでなく、ごはん、肉類、パンなど多岐にわたる。高齢者の窒息では、咀嚼力の低下はリスク要因のひとつだが、詰め込み食べなどの食べ方も要因になる。一見、嚥下障害が自覚されておらず、食事が自立している症例でも窒息の危険はある。早期発見・早期対応が事故の結果の重要性を左右するため、ベッドで自立して食べている症例への見回りなども重要である。

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説明

窒息時には、バイスタンダー(by Stander)といわれる発見者の対応が重要である。

口の中に食物が見えている場合には、まず指で掻き出すことを行ってみる。押し込まないことに注意し、また完全には取れないことも理解しておく。

ハイムリッヒ法のやり方は、まず患者の背部にまわり両腕で上体を抱え、一方の手でこぶしを握り剣状突起と臍の間におき、もう一方の手をその上にかぶせて組む。患者の腹部に食い込ませるように瞬間的に引き上げ、上方に締めつけるように圧排する。

日本救急医療財団心肺蘇生法委員会による日本版救急蘇生ガイドラインでは、意識(反応)のある窒息症例では、背部叩打・ハイムリッヒ法を行うこととしており、反応がなく、ぐったりしている場合には、心肺停止に対する心肺蘇生をまず開始する。心肺蘇生手技である胸骨圧迫により異物が除去されることがある。

救急隊員や医師は、窒息症例に対しては、マギール鉗子(と喉頭鏡)による摘出を行うことができる。病院や設備のあるところでは吸引も有効な手段である。日ごろ吸引をしない職種でも、吸引機の基本的な使用方法についてマスターしておくことは、緊急時の吸引施行や、緊急時の多職種による吸引に際しての的確な介助などに役立つ。

なお、痰の吸引は「医行為」とされていたが、厚生労働省医政発 0430 第 1 号により、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士に、また介護サービスの基盤強化のための介護保険法等の一部を改正する法律 (平成23年法律第72号)により、介護福祉士及び一定の研修を受けた介護職員等にも、一定の条件の下にたんの吸引等の行為を実施することができるようになっている。

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説明

反応(意識)・呼吸・脈などを確認しつつ、まず大声を出して人を呼ぶ。在宅であれば救急車を要請する。窒息物の除去を試み、意識障害の場合には心肺蘇生措置を開始する。人が集まってきたら、医師・看護師・救急隊員などに本人への処置を交代し、その人を援助するために、必要物品を集めたり、搬送の準備をしたりする。

発見者は医師・看護師などに、発見時間、窒息の疑いであること、何を窒息したか、いつからか、意識はいつまであったか、などを報告する。

記録も重要で、時間経過のメモなどもつけたうえ、一段落したら、記録や、報告書(インシデントレポート)などを所定の書式で作成する。

このような事故については、(過失の有無を問わず、)組織として情報の共有、再発予防の検討が必要である。

上記の対応がすばやくできるように、日頃から物品のありかを確認し、定期的に訓練なども行っておく。

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説明

嚥下障害の治療の目的の一つは、嚥下障害に伴う低栄養状態の改善であり、嚥下障害症例では低栄養の評価と対応が重要である。第一に、嚥下障害によって摂食量が少ないために低栄養を来たす。第二に、嚥下障害のある症例は、嚥下に時間がかかることが多く、喀出や、微量の誤嚥に対する生体防御反応など、経口摂取と誤嚥に関係するエネルギー消費も大きい。また、嚥下調整食は、柔らかくするために水分量を多くしていることがあり、同じ量のものを摂食してもエネルギーが少ないことがある(例:おかゆとごはんの違い)。かつ、低栄養は、筋萎縮や筋力低下、あるいは末梢神経障害の要因となり、嚥下機能の改善を阻害しうる。また、低栄養は、嚥下障害の合併症である誤嚥性肺炎の悪化要因でもある。

したがって、経口摂食で早急に低栄養を改善できる予測が立たない場合には、非経口的な手段で低栄養を改善することを検討する。

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説明

嚥下障害症例では、嚥下困難による水分摂取量の不足から脱水に陥りやすい。飲む液体の摂取ばかりでなく、経口摂取量が少ないと、食品中の水分の摂取も少なくなりうる。また、安全のために液体にとろみをつけることで、味や腹部膨満感のために水分摂取量が少ない場合もある。

いっぽう、嚥下障害がなくても、高齢者では脱水のリスクが高い。身体の水分含有量が少なく、摂取量不足の影響を受けやすい上、口渇等の症状があらわれにくいことにより発見が遅れる。夜間に排尿のために覚醒することやトイレにいくことを嫌がって、水分摂取を控えている場合もある。

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説明

脱水の症状は、口渇、尿量減少のほか、舌乾燥、皮膚乾燥、意識障害などが重要で、これらがそろった場合は、3000ml(体水分量の10%)程度の水分欠乏が考えられる。

血液検査では、BUN( blood urea nitrogen/血中尿素窒素)が高く、クレアチニン(Cre)はそれほど高くないときには脱水を疑う。BUN/Cre比25はひとつの目安となる。ヘマトクリット高値(他に多血症でも増加)、尿酸高値(他に痛風でも増加)も参考になる。

50kgの人であれば、体表から失われる水分が1kgあたり約20ml、老廃物を排出するために必要な最低尿量が約500ml であり、1500mlの水分が必要である。体内で2-300mlは作られるので、最低1200mlは摂取が必要となる。こまめに水分補給時間を設けることが基本だが、経口以外の方法で補うことが必要な場合もある。

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