17.感染防御総論

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説明

ここでは、感染の成立と感染防御方法の基本を学習することを目標とする。私達は摂食嚥下障害リハビリテ-ションを行う際に様々な感染を引き起こす機会に遭遇するため、医療従事者として感染防御に必要な基本的知識について解説する。

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生体側の微生物はまず組織表面に付着し増殖をはじめるが、組織侵入・破壊を起こさない場合があり、これを定着(colonization)という。微生物が組織侵入を起こし、生体に影響をあたえるのが感染(infection)である。感染によって異常をきたし、症状としてとらえられる場合を感染症という。感染から発病までを潜伏期といい、感染症の中でも特に激しい全身症状を伴い、ヒトからヒトへ感染するものを伝染病という。

体内で病原微生物が増殖しても、症状が出ない場合を不顕性感染という。高齢者の肺炎などは誤嚥時のむせ症状もなく、夜間の唾液誤嚥などのより、感染症をおこしていても、熱や咳などといった肺炎症状が出ないことがある。これを不顕性肺炎といい、その状態が放置されると重篤になっていく。

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感染は、病原体の病原力(組織侵入性・毒素生産性)と生体の感染防御能力の力関係で決まる。つまり、宿主側の感染防御能力が強いと感染は成立しないが、病原微生物側が宿主より強くなると感染が成立する。宿主は人だけでなく動物・昆虫・植物などもなりうる。宿主は生体の病原体に対するバリアの力やバリアが突破されて働く好中球やマクロファ-ジの食菌作用などにより抵抗力が左右される。バリアには体表面や外部と交通する部位に生息している生物学的バリア(常在微生物叢)や皮膚や粘膜の損傷から微生物の侵入を防ぐ物理化学的バリアがある。

感染の発症は、ウィルスや細菌、真菌などの病原微生物の存在と宿主側に易感染状態(例えば高齢者、糖尿病などの基礎疾患がある場合や術後、抗がん剤や免疫抑制剤などの薬物治療をうけている)の場合と、感染経路として空気感染や飛沫感染、接触感染、昆虫感染があり、これらの要素がすべて満たされたときに感染が成立する。

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感染は「病原微生物」「保菌者(宿主)」「出口」「感染経路」「入り口」「感染しやすい宿主」の6つの条件により成立する。6つの条件は連鎖しており、その連鎖を1つでも断ち切ることで感染の発症を防ぐことになる。その技術には手洗いや無菌操作などがある。

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体表面や外部と交通している口腔、消化管、上部気道、膣などには多種多様な微生物が生息し、常在細菌叢を形成している。大腸には糞便1gあたりの細菌数は1011と最も多く生息しており、そのうちもっとも多いのが嫌気性菌である。また、口腔内でもほぼ同様な量の病原菌が存在する。これらは、細菌のバリアとして他の細菌を死滅させたり、免疫の賦活作用がある。抗生物質の服用により感受性の細菌が減少し、耐性の細菌が増殖するなどして菌交代現象がおこる。

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自然界にいる細菌の多くは何かに付着して層状のバイオフィルムとして生存している。口腔内は細菌の温床といわれている。なかでも歯垢(デンタルプラ-ク)は100種類を超える細菌が住み着いており、この細菌の塊をデンタルプラ-クで、バイオフィルムとして生きている。また、義歯は、レジンとよばれる材料とカンジダ・アルビカンスなどの真菌と親和性があり、それらの微生物が中心となりバイオフィルムを形成する。また、カンジダは抵抗力が低下した高齢者や病者に感染しやすい微生物であり、舌表面には舌苔としてバイオフィルムになりやすい。さらに、頬粘膜や口蓋粘膜、咽頭部までバイオフィルムを形成することもある。

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感染経路は飛沫感染、空気感染、接触感染、経口感染、血液感染、動物を介する感染、性行為感染、垂直感染などがあり、それぞれに病原微生物存が存在する。まず、飛沫感染は保菌者の咳やくしゃみなどによって生じた飛沫(水分を含む5μm以上の粒子)を吸引することで起こる感染であり、インフルエンザウィルスや肺炎球菌などが病原体となる。次に空気感染は空気の流れで飛沫核(直径5μm以下)が拡散していき、それを吸引することで起こる感染で、 結核 、麻疹 などがある。接触感染で、皮膚・粘膜同士の接触など、微生物が存在する病巣との直接的な接触や汚れた器具を介する等の間接的な接触によって起きる。メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)やバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)は医療従事者の手指を介して感染し、院内感染の主要な原因菌となっている。

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CDC(Centers for Disease Control and Prevention/米国疾病管理センター. 1996年)の感染対策のガイドラインが指針となる。スタンダ-ドプリコ-ションの考え方は、普遍的予防策(universal precautions )の考え方を受け継ぐものである。普遍的予防策はエイズの蔓延を予防する際に、医療従事者をHIV 感染から守るために出てきた方法であるが、その考え方をさらに洗練させ、未知なる感染症に対する対応やこれまで重要視されていなかった手洗いを重要視するようになっている。スタンダ-ドプリコ-ションはすべての患者に対して標準的に行う疾患非特異的な感染予防策である。すべての患者の汗を除く血液・体液、粘膜、傷のある皮膚は感染の危険があると見なして対処する考え方である。その方法は基本的に患者の血液・体液、粘膜、傷のある皮膚に触れたら手を洗う。それに触れそうなときは、手袋、マスク、エプロンなどのバリアプレコーションを着用してケアをする。リキャップしないなどの針刺し防止法も含まれる。

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感染症の成立には、3つの因子が必要であり、この3つの因子に対して、それぞれ感染対策がとられる。感染源対策、感染経路対策、感受性患者対策である。しかし、CDCではこれら3つのうち、感染経路の遮断を最も第一義的なものとして認識している。そる理由はMRSA 感染症を例にとると、MRSA保菌者に対しバンコマイシンなどの強力な対MRSA抗菌薬を投与したり、あるいはムピロシン軟膏を塗布したりしても、全身からMRSAを除去することは難しい。一時的に除菌できたとしても、容易に再保菌することも日常臨床の場でしばしば遭遇する。MRSA感染症を起こすのは、重篤な基礎疾患を有する場合が多く、MRSAワクチンもなく、また基礎疾患が重篤であれば患者の全身状態は容易に回復しがたく、患者の免疫能を向上させるのも困難である。

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本来、生物には自然界で生き抜くために身体を守る免疫力が備わっている。免疫は年齢によってその力は変化するが加齢以外に影響されるのが栄養である。摂食嚥下障害者はこの栄養状態が不十分になる場合が多く、免疫力が低下しかねない状況となる。摂食嚥下障害による誤嚥を引き起こすだけでは肺炎に至らないが、加えて身体の低栄養状態があると、免疫力の低下がみられ、誤嚥性肺炎を発症しやすくなる。また、免疫力の低下や水分摂取の不足による脱水から尿路感染症を引き起こすこともある。

経腸栄養の場合、栄養剤の作りおきなどによる腐敗や、栄養ルート内の汚れによって細菌が繁殖しやすい。また、クローズドシステムで投与する場合を除いて、1バッグは6-8時間以上経過すると細菌汚染しやすい。また、経腸栄養を準備する人が十分な手洗いや手袋の使用などを怠って接触感染も起こしやすい。

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感染予防の基本である手洗いは最も重要であるが、実際には必要回数の半分しか行われていない現状である。主な常在細菌叢は、グラム陽性球菌やグラム陽性桿菌などで、水による単純な手洗いでは除去できないが、流水と石鹸では除去ができる。医療施設における院内感染防止にも有効である。目に見える汚れが無い場合は、擦式消毒用アルコール製剤による手指消毒でもよい。防御具としてよく使われる手袋は、適切に使用することにより、病原体への感染の機会や患者への感染発生率を減少させる。また、マスクはほとんどの素材が水や湿気で効力が減少するので使用後は廃棄することが望ましい。

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消毒は、器具や手指などに付着した微生物を1次的に減らすことである。必ず事前に物や皮膚に付着した汚れを洗浄してから消毒をする必要がある。消毒薬は微生物に対して起こす化学反応を利用している。そのため濃度と温度と時間に左右される。濃度は消毒薬に適した濃度とし、温度は通常20℃以上のほうが効果的である。時間は消毒薬に浸す時間を適正に守ることも必要である。また、消毒薬は混ぜない、継ぎ足さない、移し変えないことが原則である。

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