
説明
摂食嚥下障害を評価する第1段階として問診がある。どのような障害をどのくらいの可能性で患者が有しているのか推論を始める段階である。加えて、問診には、次の検査の反復唾液嚥下テスト、改訂水飲みテスト等の検査や高度な診断検査である嚥下造影等に進めていくスクリーニング(ふるいわけ)の役割がある。そのため、本人の自覚症状のみを把握するだけでなく、問題となる症状や異常所見を明らかにするために、摂食嚥下障害に関連した症状をまとめて意図的に系統的に聴取する必要がある。この問診を、意図的に系統的に効率よく行うために質問紙を用いる。質問紙は、スクリーニング以外にも経過観察や指導の効果を評価するに使用できる。
また、問診は、臨床では医師が行っているが、質問紙を用いた方法であれば、看護師をはじめとするコメディカルが、その一部を実施することができる。
このコースでは、スクリーニング検査で用いる質問紙について、その質問項目の条件、具体的な内容、評価方法、実施する際の留意事項を学習する。さらに近年開発された包括的評価としのKTバランスチャートについても学習する。

説明
スクリーニング検査で用いる質問紙は、どこに問題があるのかを推論するために、「飲み込みにくい」「むせる」という症状だけではなく、先行期・口腔期・準備期・咽頭期・食道期の嚥下障害に関連した症状や二次的障害である低栄養・脱水・肺炎などの全身症状を系統的に含むことが必要である。また、患者の自覚症状の訴えがなくとも食事を一緒にする家族が発見することもあるため、家族などの介護者が観察によって発見できる他覚症状を含めることも必要である。
スクリーニング(ふるいわけ)の精度として、妥当性、信頼性、再現性が確保されるとともに、嚥下造影検査などを至適基準としたカット・オフ・ポイントを設定した感度(敏感度)や特異度等が確認されていることが必要である。
至適基準とは、ゴールドスタンダードともいい、病態や疾病の存在を明確に定義するために用いられる診断基準、真の診断を下すための基準をいう。
カット・オフ・ポイントとは、検査測定値の分布に基づいて陽性・陰性(異常・正常)を判定する際に判別点として利用する値である。言い換えれば判別点から上の値は陽性、下の値は陰性と見なす際の点をいう。判別点を高くとりすぎれば軽度の嚥下障害のある人を見逃すことになる。

説明
国内における質問紙として、聖隷式嚥下質問紙、嚥下障害リスク評価尺度改訂版及び嚥下障害リスク他者評価尺度、Eating Assessment Tool-10(EAT-10)日本語版がある。
聖隷式嚥下質問紙は、脳血管障害慢性期患者を対象に、嚥下障害をスクリーニングするために開発された尺度である。嚥下障害リスク評価尺度改訂版は、地域で生活する高齢者を対象に、嚥下障害リスクを自覚症状からスクリーニングするために開発された尺度である。嚥下障害リスク他者評価尺度は、地域で生活する高齢者を対象に、嚥下障害リスクを他覚症状からスクリーニングするために開発された尺度である。
Eating Assessment Tool-10(EAT-10)日本語版は、2008年 Belafskyらが開発したEating Assessment Tool-10(EAT-10)の日本語版である。

説明
聖隷式嚥下質問紙について紹介する。

説明
聖隷式嚥下質問紙は15項目から構成され、肺炎の既往、栄養状態、口腔・咽頭・食道機能、声門防御機能などが反映された構造となっている。全ての項目が同じ特性を測定しているかの度合いを示す(内的整合性)Cronbach'sα係数は0.85で、信頼性が確保された質問紙である。Cronbach'sα係数は0から1の範囲で示され、グループレベルの比較を行う場合には0.7あればよく、個人についての重要な決定の資料に用いられる場合には0.90以上でなければならないとされている。
至適基準とした嚥下造影検査で「嚥下障害あり」と判断された数に対して、スクリーニングの質問紙で「嚥下障害あり」と判断した数の割合を示す感度(敏感度)は92.0%である。嚥下造影検査で「嚥下障害なし」と判断した数に対して、質問紙で「嚥下障害なし」と判断した数の割合を示す特異度は90.1%である。感度と特異度が高い質問紙である。

説明
聖隷式嚥下質問紙は、ここ2、3年の嚥下の状態について「A:重い症状、頻度の多い症状」「B:軽い症状、頻度が少ない症状」「C:症状なし」の3段階尺度で評価する。「A」は実際に日常生活に支障がある、 「B」は気になる程度という基準で問診を進める。
嚥下障害の有無の判定は、15項目のいずれかに「A」に1つでも回答があった場合を「嚥下障害があり」と判断する。「B」にいくつ回答があっても「嚥下障害の疑い」ないし「臨床上問題ないレベル」と判断する。

説明
嚥下障害リスク評価尺度改訂版について紹介する。

説明
嚥下障害リスク評価尺度改訂版は、23項目から構成され、その内訳は咽頭期の嚥下障害(No.1~7)、誤嚥( No. 8~12)、準備・口腔期の嚥下障害( No. 13~20)、食道期の嚥下障害( No. 21~23)の4つの構造からなる。
全ての項目が同じ特性を測定しているかの度合いを示す(内的整合性)Cronbach'sα係数は0.92 である。この値は、個人についての重要な事柄を決定する際に用いられる値の0.90以上を示している。
至適基準とした嚥下造影検査で「嚥下障害リスクあり」と判断された数に対して、カット・オフ・ポイントを合計得点6点以上として「嚥下障害リスクあり」と判断した数の割合を示す感度(敏感度)は57.1% である。嚥下造影検査で「嚥下障害リスクなし」と判断した数に対して、質問紙で合計得点が6点未満で「嚥下障害リスクなし」と判断した数の割合を示す特異度は56.0%である。感度と特異度が60%以下であるため精度は高くとはいえないため、フードテストなどの検査と併せて使用するとよい。

説明
嚥下障害リスク評価尺度改訂版の評価方法は、ここ3ヶ月くらいの食事中に出現する症状の頻度について「いつもある」「時々ある」「まれにある」「ほとんどない」の4段階評定で尋ねる。
「嚥下障害リスクあり」と判定方法は、まず、「いつもある」:3点、「時々ある」:2点、「まれにある」:1点、「ほとんどない」:0点として、合計得点を求める。合計得点の6点以上を「嚥下障害リスクあり」と判定する。

説明
嚥下障害リスク他者評価尺度について紹介する。

説明
嚥下障害リスク他者評価尺度は、嚥下障害リスク評価尺度改訂版に含まれる12項目から構成され、準備・口腔・咽頭期の嚥下障害、誤嚥の2つの構造からなる。
全ての項目が同じ特性を測定しているかの度合いを示す(内的整合性)Cronbach'sα係数は0.89 である。この値は、個人についての重要な事柄を決定する際に用いられる値の0.90に近い値である。
至適基準とした嚥下造影検査で「嚥下障害リスクあり」と判断された数に対して、カット・オフ・ポイントを合計得点3点以上として「嚥下障害リスクあり」と判断した数の割合を示す感度(敏感度)は58.3% である。嚥下造影検査で「嚥下障害リスクなし」と判断した数に対して、質問紙で合計得点が3点未満で「嚥下障害リスクなし」と判断した数の割合を示す特異度は50.0%である。感度と特異度が60%以下であるため精度は高いとはいえないため、フードテストなどの検査と併せて使用するとよい。

説明
嚥下障害リスク他者評価尺度の評価方法は、ここ3ヶ月くらいの食事中に出現する症状の頻度について「いつもある」「時々ある」「まれにある」「ほとんどない」の4段階評定で尋ねる。
「嚥下障害リスクあり」と判定する方法は、「いつもある」:3点、「時々ある」:2点、「まれにある」:1点、「ほとんどない」:0点として、合計得点を求める。合計得点の3点以上を「嚥下障害リスクあり」と判定する。

説明
Eating Assessment Tool-10(EAT-10)日本語版について紹介する。

説明
Eating Assessment Tool-10(EAT-10)日本語版は、2008年 Belafskyらが開発したEating Assessment Tool-10(EAT-10) 10項目について翻訳、逆翻訳の整合性の工程及び予備テスト2回行い日本語版の翻訳を完成させている。
全ての項目が同じ特性を測定しているかの度合いを示す(内的整合性)Cronbach’sα係数は0.946 である。この値は、個人についての重要な事柄を決定する際に用いられる値の0.90を超えた値である。
一般的に至適基準とされる嚥下造影検査による精度の確認はされていない。しかし、臨床的重症度分類(Dysphagia Severity Scale:DSS)を至適基準として用いて感度、特異度を確認している。DSSは7:正常範囲、6:軽度問題、5:口腔問題、4:機会誤嚥、3:水分誤嚥、2:食物誤嚥、1:唾液誤嚥の7段階で重症度判定する。DSSが1~6の「軽度問題」以下であれば「摂食嚥下障害あり」と判断し、 DSSが1~4の「機会誤嚥」以下であれば「 誤嚥あり」と判断し、それらの数に対して、カット・オフ・ポイントを合計得点3点以上とした数の割合を示す感度(敏感度)は各々、52.2%、75.8%である。DSSで「摂食嚥下障害なし」「 誤嚥なし」と判断した数に対して、合計得点2点未満の割合を示す特異度は各々89.7%、74.9%である。顕在化された臨床症状「 誤嚥」に対する感度・特異度は70%以上と高いが、不顕性誤嚥を早期に発見するには呼吸器系の身体診査等も併せて使用するとよい。

説明
Eating Assessment Tool-10(EAT-10)日本語版は、飲み込みの問題の経験を、「0点:問題なし」から「4点:非常に問題あり」の5段階評定で尋ねる。そして、EAT-10日本語版が実施できない場合、もしくはEAT-10日本語版が実施できて10項目の合計点が3点以上を「摂食嚥下機能の問題を認める可能性が高い」と判定する。

説明
包括的食支援ツールとして、KTバランスチャート®( Kuchikara Taberu Balance Chart:以下KTBC®と称する)は2015年に小山らにより作成された。KTBCは、対象者の不足部分を補いながら、可能性や強みを引き出す支援スキルとケアリングが内包され、多職種連携による治療・ケア・リハビリテーションを展開していくための視覚的共通言語として活用できる。
KTBCの評価構成は4つの視点、13項目で構成されているが、それらは 複合的に連動する
- 心身の医学的視点[①食べる意欲,②全身状態,③呼吸状態,④口腔状態]
- 摂食嚥下の機能的視点[⑤認知機能(食事中),⑥咀嚼・送り込み,⑦嚥下)]
- 姿勢・活動的視点[⑧姿勢・耐久性,⑨食事動作,⑩活動)]
- 摂食状況・食物形態・栄養的視点[(⑪摂食状況レベル,⑫食物形態,⑬栄養状態)]

説明
評価方法はそれぞれの13項目を評価指標に沿って1~5点でスコア化し、レーダーチャートを作成する。次に不足な点と強みを抽出し、それらの原因・誘因についてアセスメントしつつ、アプローチの具体的方法をプランする。アプローチ方法は、生活者として心身を整えていくために、評価点が低い項目について必要な治療・ケア・リハビリの充実を図り、1点でもステップアップできる方法を多職種で検討していく。評価点の高い項目は、維持や強化を意図しながら相互的に実施し、その結果をフィードバックしながら、このサイクルを繰り返していく。ただし、本ツールは単に点数の上昇だけをみるものではない。個別性をもって当事者のQOLの維持・向上につながるよう検討する。また、その点数の背景にある状況を適切にアセスメントし、同点数でも改善すべき点を検討し、関係者で共有することが重要である。

説明
KTBCの信頼性と妥当性は、摂食嚥下機能、ADL、栄養状態、認知機能を各々Functional Oral Intake Scale (FOIS)、Barthel Index (BI)、Mini Nutritional Assessment Short Form (MNA-SF)、Cognitive Performance Scale (CPS)で評価し、KTBCとの相関をみた。検者間信頼性 weighted kappa係数は0.54-0.96, 検者内信頼性では0.68-0.98, Cronbachα係数は0.892であった。KTBC値とFOIS、BI、MNA-SF、CPSのSpearman相関係数は、各々0.790, 0.830, 0.582, -0.673 (全てp<0.001)であったため、本評価ツールの信頼性・妥当性が認められている。

説明
KTBCは、全体像がレーダーチャートによって視覚的に示される。そのため、評価のみではなく、ケアやアプローチ介入による経時的変化がわかり、当事者や家族も含めた関係者で共通理解できる。本ツールは、可能(簡易的)、日常の観察で評価が可能 (非侵襲性)、数分で評価できる(簡便)、評価結果がレーダーチャートで視覚的に示される(ビジュアル的理解)、不足な面へのアプローチ方法がわかる(プラン性)、実践結果が反映される(フィードバック)という多彩な食支援方法を網羅している。
アプローチ方法は、生活者として心身を整えていくために、評価点が低い項目について必要な治療・ケア・リハビリの充実を図り、1点でもステップアップできる方法を多職種で検討していく。評価点の高い項目は、維持や強化を意図しながら相互的に実施し、その結果をフィードバックしながら、このサイクルを繰り返していく。ただし、本ツールは単に点数の上昇だけをみるものではない。個別性をもって当事者のQOLの維持・向上につながるよう検討する。また、その点数の背景にある状況を適切にアセスメントし、同点数でも改善すべき点を検討し、関係者で共有することが重要である。

説明
質問紙を用いる際の留意事項は、1)自己記入をしてもらう場合は、特に目的と方法を明確に患者・家族に説明する。2)質問紙を用いて各項目について症状の頻度や重症度を問うが、患者・家族の判断を補おうとして、問診者の自己判断を入れないようにすることが必要である。3)質問紙を用いたスクリーニングの精度は、嚥下造影検査の結果によって確認されているが、精度が100%のスケールはない。従って、質問紙の妥当性、信頼性、精度の範囲を理解して使用することが必要である。4)包括的評価を用いた主観的評価は、精度が100%のスケールではない。従って、評価スケールの妥当性、信頼性、精度の範囲を理解して使用することが必要である。

参考文献
- 大熊るり, 藤島一郎, 小島千枝子, 他:摂食・嚥下障害スクリーニングのための質問紙の開発. 日摂食嚥下リハ会誌, 6(1), 3―8, 2002.
- 藤島一郎, 大熊るり, 神津玲, 他:摂食・嚥下障害に対する簡易質問紙の開発.厚生省厚生科学研究費補助金長寿科学総合研究平成9年度研究報告, 94-99, 1997.
- 深田順子,鎌倉やよい,万歳登茂子,他:高齢者における嚥下障害リスクに対するスクリーニングシステムに関する研究.日摂食嚥下リハ会誌, 2006; 10(1), 33-44, 2006.
- 深田順子,鎌倉やよい,万歳登茂子,他:高齢者における嚥下障害リスクに対する他者評価尺度に関する研究.日摂食嚥下リハ会誌, 10(3), 220-230, 2006.
- 若林秀隆, 栢下淳:摂食嚥下障害スクリーニング質問紙票EAT-10の日本語版作成と信頼性・妥当性の検証.静脈経腸栄養 ,29(3):871-876,2014
- Belafsky PC1, Mouadeb DA, Rees CJ,et al: Validity and reliability of the Eating Assessment Tool (EAT-10). Ann Otol Rhinol Laryngol. 117(12):919-24, 2008.
- 小山珠美編集:口から食べる幸せをサポートするための包括的スキル-KTバランスチャートの活用と支援第2版-,医学書院,2017.
- Maeda K, Shamoto H, Wakabayashi H, Enomoto J, Takeichi M, Koyama T. Reliability and Validity of a Simplified Comprehensive Assessment Tool for Feeding Support: Kuchi‐Kara Taberu Index. Journal of the American Geriatrics Society. DOI: 10.1111/jgs.14508. 2016.


