

説明
2015年には日本の人口の4人に1人が65歳以上の高齢者になると予想され、中でも2000年には約200万人だった要介護・要支援者が、2025年には530万人に増加すると推計されている。急増する要介護高齢者のQOL(生活の質)向上を目指した生活支援が必要となり、口腔領域では口腔ケアの普及が大変重要となる。本資料では、口腔ケアの定義および期待される効果について、また、要介護高齢者の口腔の実際、方法などを踏まえながら解説をすすめる。

説明
最初に、増加しつつある要介護高齢者の口腔の実際の状況をスライドで説明する。この患者では脳卒中により左片麻痺を患っており、口腔内左側にはそれに伴う食渣の停滞を認めた。我が国では,寝たきりになる原因の3~4割が脳卒中と言われ、脳卒中等により麻痺が生じると口腔も舌や頬筋の運動機能も低下し食塊形成が困難となる。片麻痺では麻痺側において知覚の麻痺のみならず麻痺側の運動麻痺により、結果として口腔内に食物残渣が経時的に貯留する。加えて、嚥下関連筋群の麻痺により、誤嚥が生じやすくなり、誤嚥性肺炎を生じやすい状態となるため大変危険である。そのため、口腔内の衛生状態には常に留意し、入念な口腔ケアを行う必要がある。写真は初診当時の写真であるが、口腔ケアが行われていないもしくは、極めて不十分であることが窺えた。

説明
認知症患者の口腔状態は口腔衛生に対する認識や能力に限界があり、口腔ケアの拒否なども相まって口腔は極めて不潔で危険な状態である。この患者では義歯を1年間も装着したままであったため義歯はプラークにより汚染され(デンチャープラーク)、歯牙にもプラークが沈着し歯周炎が認められた。プラークは口腔内微生物の温床であるため、このような状態を放置しておくことは誤嚥性肺炎を起こし易い状況であることからも大変危険である。そのため、口腔内歯牙ならびに義歯のプラーク除去を含めた口腔ケアを入念に行う必要がある。スライド2と同様に、口腔ケアが行われていないもしくは、極めて不十分であることが窺えた。

説明
口腔ケアの普及は重要な課題である。スライドは愛知県看護協会認定看護師教育課程「摂食嚥下障害看護」の受講者を対象に口腔ケアに対する実態ならびに今後の口腔ケアの充実、普及推進への課題を検討した結果の一部である。その結果、口腔ケアが必要な患者に適切な口腔ケアが行われていたのは13%、現状の口腔ケアで十分だと思っているのは3%、84%が現状の口腔ケアでは不十分だと感じていた。病院における口腔ケアは看護業務として行われているのが実情であるが、看護師には多くの業務が課せられており、日々の業務の中で口腔ケアがおろそかにされていることも現実問題として挙げられる。

説明
現在,口腔ケアには多くの定義があるが,未だ統一された定義はなく,その捉え方も歯科医療職と医師や看護・介護職など職種によって異なる場合がある。最近,口腔ケアはケア(介護)のみならず,キュア(治療)という意味も含みつつあり,後期高齢者医療におけるチームアプローチの推進を考えると,口腔ケアに関与する全職種に理解しやすい考え方が必要である。
しかし実際には口腔ケアには色々な定義および分類が提唱されているため、いくつかをここに紹介する。口腔ケアの定義はスライドに示したが,口腔衛生管理および円滑な食物摂取のために,機能・形態面,能力面,環境面,および心理面にアプローチするとして,口腔に関わるすべてのケアを指すという考え方がなされるようになってきている。
口腔ケアの分類の考え方にもさまざまなものが提唱されている。ケア内容からみた分類では、器質的口腔ケアとは、口腔清掃を主とした口腔衛生状態の改善による口腔疾患や気道感染の予防を目的とした口腔ケア、機能的口腔ケアとは口腔機能の維持・回復を目的としたケアであるとされる。また、実施者による分類として、日常的口腔ケアは本人および介護者によって日常的に行われるもの、専門的口腔ケアは口腔ケアに関する専門的知識・経験をもつ歯科衛生士・看護師・言語聴覚士などによって行われるものを指すとされる。

説明
口腔ケアの効果例を示す。写真の症例には下記のプロトコルを用いて口腔ケアを行った。
1:含嗽薬浸漬口腔ケアスポンジにて口腔粘膜を清掃する(1分)
2:舌ブラシにて舌の奥から手前へ10回軽く擦り,舌苔を擦りとる(30秒)
3:電動歯ブラシにて歯面清掃,粘膜も必要に応じて清掃する(2分30秒)
4:含嗽薬口洗(1分)
4週間行ったところ、施行前では歯肉が腫脹発赤し、麻痺側(右側)に多量の食物残渣の停滞が認められたが、施行後では、食物残渣が消失し、ほぼ正常な歯肉へと改善した。このように1日1回の口腔ケアでも十分効果があることがわかる。

説明
このような口腔ケアの有効性を評価した。術前、術後の歯垢指数および歯肉炎指数の統計学的解析にはWilcoxon test for matched pairsを用いた。評価は口腔ケア開始前および8週目に行ったところ、歯垢指数および歯肉炎指数ともに有意に低下したため、口腔内の環境を大きく改善することに役立つ。

説明
その他、口腔ケアは口腔内環境を改善するだけではなく、誤嚥性肺炎の発症予防に効果的であると報告されている。老人における比較対照試験で専門的人員が口腔ケアを行った場合と、従来通り口腔ケアを行った場合では、専門的人員が口腔ケアを行った場合の方が肺炎の発症率が低かった。その他、頭頚部腫瘍の周術期に口腔ケアを行うことで誤嚥性肺炎を予防するだけではなく術後の感染を減少させるなどの報告も存在する。このことからも、より専門的なケアを日常的に行えるようにすることが重要であるといえる。

説明
高齢社会の到来とともに、患者の高齢化が進み、有病高齢者の歯科受診が増えている。口腔ケアを安全に行い、術中・術後の合併症を予防するために、病歴の問診で全身疾患の程度を把握し、口腔ケアの適否を判断しなければならない。特に、高齢者は生理的機能が低下する一方で、基礎疾患および生活習慣病などの慢性疾患を有することが多いので注意が必要である。
口腔ケアを行うにあたり基礎疾患および現在の全身状態を把握することは、全身疾患によって引き起こされる口腔疾患の予防、さらには口腔ケアに関連して起こり得る合併症の予防のためにも重要である。

説明
口腔ケアは、生活援助としてのケアであるばかりではなく、誤嚥性肺炎の予防など生命の維持・増進に直結したケアでもある。口腔ケアの効果としては以下が挙げられる。
1.口腔感染症の予防
齲蝕や歯周疾患などの歯科疾患やCandida性口内炎などの口腔感染症の予防。
2.口腔機能の維持・回復
咀嚼機能の改善および摂食嚥下障害の改善、口腔機能の低下や廃用症候群の予防,唾液分泌促進や味覚,触感,温度感覚などの感覚機能の向上。
3.全身感染症の予防
誤嚥性肺炎、感染性心内膜炎、日和見感染症の原因となる口腔微生物の数を減少させ、微生物叢を正常化することによる全身感染症の予防。
4.全身状態やQOLの向上
口腔ケアの効果で経口摂取を促し、低栄養や脱水を防ぐことによる、体力回復や意欲向上、全身状態の改善、ADL・QOLの向上。
5.コミュニケーション機能の回復
発音機能の維持・回復によるコミュニケーション機能の回復。
6.社会経済効果
口腔ケアにより高齢者・要介護者の全身状態が改善され、トータルな看護量、介護量の削減への可能性、さらには社会生産性の向上の可能性。誤嚥性肺炎などの全身疾患の予防効果による医療費削減効果への期待。

参考資料
- 角 保徳、植松宏 “5分でできる口腔ケア:介護のための普及型口腔ケアシステム” 医歯薬出版
- 角保 徳 “誰でもできる高齢者の口腔ケア” ビデオ 中央法規出版
- 角 保徳 “一からわかる抜歯の臨床テクニック” 医歯薬出版
- 道脇幸博、角 保徳、三浦宏子、永長周一郎、米山武義:要介護高齢者に対する口腔ケアの費用対効果分析.老年歯学, 17:275-280, 2003.
- 国立長寿医療センター病院ホームページ(http://www.ncgg.go.jp/hospital/)歯科・口腔外科. “要介護者の口腔ケアマニュアル”


