36.歯・義歯・口腔粘膜の観察

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口腔内は粘膜などの軟組織と歯など硬組織が混在し、複雑な形態をなしており、機能もまた複雑である。また狭く、光が入りにくいため暗い空間であり、細部の状態を確認しにくい。このため、口腔の疾患や機能異常を診査する時や口腔ケアを行う際は明視野で行うことが重要である。

ここでは口腔内の観察の手法および観察ポイントについて解説する。

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本項の要点をスライドに示す。本項では①顔面・口腔の観察方法、②顔面・口腔の正常像、③口腔内の補綴装置、④顔面・口腔の異常像、を中心に解説する。

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観察の手順について述べる。感染予防のためのグローブと十分な光源を確保する。必ずバイタルサイン、麻痺・拘縮、誤嚥のリスク、摂食状況の確認、適正な姿勢が保持できるか、また保持できる時間、 姿勢によるバイタルサインの変化、残存歯・義歯使用の有無、実際に使用している口腔清掃器具の確認など、全身と局所の状態を把握したうえで開始する。

誤嚥防止ため頚部後屈を避け、患者の安楽に配慮し、素早く行う。

病原菌を持ち込まないように顔面・鼻腔の清拭を行ってから口腔に触れる。脱落の危険のある歯や補綴物を誤嚥させないように注意する。また痛みのある軟組織は愛護的に圧排する。開口は指で行っても、開口保持は器具で行った方が誤咬を避けられるが、開口器具を装着する際は動揺歯の脱落や粘膜の損傷などに十分注意する。また咽頭や舌根部は絞扼反射や迷走神経反射を誘発する可能性があるため慎重に扱う。

開口は口唇を湿潤させて行う。自発的な開口が不可能な場合は指で開口させ、開口器具で開口保持を行う。

口唇・頬粘膜や舌などは指ないし舌圧子などを用いて、愛護的に圧排する。

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口腔に触れる前に顔面を観察する。顔面の形態、対称性、顔色、疼痛、筋機能の観察 、また鼻呼吸の確認・鼻腔の清掃状態の観察、口唇の色、乾燥や清掃状態、機能を観察し、全身状態の異常を疑わせる所見を抽出する。

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口腔内は前方を口唇、後方を咽頭後壁、上方を口蓋、下方を口底、側方は頬粘膜によって囲まれた空間であり、消化管の入り口でありながら気道の入り口でもある器官である。

歯は成人では上下顎あわせて最大32本(智歯を含め)、小児での乳歯は20本であり、交換期(萌え代わりの時期)の児童では乳歯と永久歯が混在する。歯の周囲の粘膜は角化歯肉と呼ばれ可動性がないため、頬や舌下、咽頭の可動粘膜とは区別される。歯を喪失した場合は角化歯肉上に義歯を装着することによって歯を補う。

舌は筋肉の塊であり、舌背(上面)は角化した舌乳頭によってざらざらしているが、舌下(下面)は薄くやわらかい粘膜である。

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閉口した状態で口唇、頬粘膜を圧排し得られる視野で、頬粘膜、頬側の歯肉が確認できる。 上段に上顎の唇・頬側面観を示す。上段左右は上顎臼歯部で、歯肉(歯の周囲)に連続している頬粘膜を圧排した時に筋の様に見えるのが頬小帯であり、上段中央の写真で、上唇正中の粘膜に連続する筋状の部分が上唇小帯である。小帯の部分は義歯などにより潰瘍を形成しやすい部位であり、また機能低下や麻痺が生じた場合に食物残渣の残留が起こりやすい部位である。

中段左右の写真は開口時の頬粘膜で、矢印に示す部分が耳下腺(唾液線)の開口部(耳下腺乳頭)である。耳下腺からの唾液の分泌は加齢や脱水、薬の副作用などにより低下することが多く、口腔内観察時には耳前頬部にある耳下腺相当部を圧迫し、耳下腺唾液の流出(量と質)を確認する。

下段は下顎の頬側面観であり、上顎同様、歯肉、頬粘膜、頬小帯、下唇小帯(下唇に連続する筋状の部分)が観察できる。

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開口した状態で口蓋、咽頭、舌(舌背、舌下)、歯(咬合面、口蓋側・舌側面)を観察できる。

 左側上段は上顎の歯の口蓋側と口蓋であり、口腔乾燥の著明な場合や経口摂取困難である状態では剥離上皮、唾液、細菌が糊状になって張り付いた皮膜様の汚れの付着が多い部分であり、必ず光を当て下からのぞき込むように観察する。

左側中段は咽頭で、硬口蓋の後方の可動部が軟口蓋(口蓋帆、その中央が口蓋垂)、連続して左右下方に伸びる部分が口蓋舌弓である。その後方には口蓋扁桃があり、さらに後方に口蓋咽頭弓が視認できる、その奥が咽頭後壁である。小児で口蓋扁桃が著明に肥大している場合は、鼻呼吸ができず口呼吸となり問題となることがある。

左側下段は舌背で、口腔乾燥や舌機能低下などで舌苔が付着することが多く、舌苔の付着状態やその性状の観察が重要である。正常な舌背は湿潤しており、舌乳頭によりややざらざらした手触りであるが、貧血や免疫低下など全身状態によって平滑になったり、まだらな乳頭の伸長や着色、乾燥した汚れの付着が起こる等、全身の影響を受けやすい。

右側上段は開口したまま舌を翻転させ舌下を観察した状態で、下段はその際に観察できる口底である。口底の中央に舌下に連続する筋状の部分が舌小帯、顎下腺管が走行し舌下腺の開口部がある部分を舌下ひだ、顎下腺管の開口部を舌下小丘という。これに面した下顎前歯の舌側には歯石が付着しやすい。

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1)口腔内の組織と補綴物の違い
補綴物は人工物であり、材質は金属、プラスチック、セラミックなどである。
補綴物の底面は歯肉に接しており、食物残渣や汚れが停滞しやすく歯肉の炎症が起こりやすい。取り外しのできる義歯(総義歯、部分床義歯)は、外して清掃する必要があり、外した状態で歯肉の炎症がないか観察する。

2)補綴物にともなう組織変化と補綴物の異常
ブリッジやインプラントブリッジのダミーの歯(歯根と連続していない見かけ上の歯)の下で粘膜との間には人工的にできた空間が存在する。ダミー底面の汚れは簡単な清掃では除去しにくい為、一見清掃状態が良いように思える場合でも汚れや炎症が無いかどうか確認する必要がある。

補綴物がぐらぐらする場合は歯自体の動揺だけでなく、歯から補綴物が脱離しかかっている場合もあり、清掃中に脱離して、誤飲、誤嚥させないよう十分確認して清掃を行う。部分床義歯では、残存歯に鈎(クラスプ)と呼ばれるバネをかけて維持している。鈎は細い金属であり、着脱時の不手際などで容易に変形をおこす。変形した場合は義歯が不適合となり、さらに変形した鈎が粘膜に刺さることもあるため、脱着時には変形がないかを確認する必要がある。

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3)可撤式の補綴物の維持管理を理解する
可撤式の補綴装置(総義歯、部分床義歯)では、装置が問題なく機能しているかを確認する。 また使用状況(使用時間、着脱、清掃の自立など)を確認する。

口腔内では鈎のかかっていた歯が脱落していたり、鈎が変形していないか、義歯が粘膜に食い込んでいたり、歯肉の炎症など不適合の所見がないか確認する。

口腔外でも鈎の変形、破損がないか、人工歯が脱落していないか、床(ピンクのプラスチックの部分)にヒビが入っていたり、鋭利な部分があったり破折がないかを確認する。

スライドに着脱時の留意点をあげるが、口腔内でどこの部位に鈎がかかっているかをまず確認してから、左右の鈎(片側に鈎がなければ床)に両手の指をかけて、歯の萌出方向にはずし、口から取り出す。鈎や鋭利な歯で指を傷つけないようにグローブを必ず着用して行うこと。

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次に義歯清掃状態をアセスメントする。義歯に付着する汚れには“硬い汚れ”と“軟らかい汚れ”がある。“硬い汚れ”とは歯石(唾液中のカルシウム、リンとプラークが固まったもの)であり、“軟らかい汚れ”とはカビ・細菌等のバイオフイルム、食物残渣、それらが長期間停滞して熟成したプラークである。歯石に関しては義歯ブラシの清掃では除去できないため、歯科医院で除去する必要がある。バイオフィルム、プラーク、食物残渣は義歯用ブラシを用いて擦り取る物理的清掃を行う。義歯に付着した汚れのため、残存歯がう蝕になったり、歯肉が炎症を起こして腫脹し、義歯不適合となり歯肉に傷を作ったリ(義歯性潰瘍)、義歯床下の粘膜が炎症を起こしたりする場合が多い。義歯に付着した細菌が誤嚥性肺炎の起炎菌であることも報告されている。高齢者や障害者などでは、患者自身で義歯の管理を行えないことが多いため、義歯の取り扱いや清掃状態で、患者をとりまく環境が推察できることもある。

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義歯に付着している汚れは、残存歯のう蝕、歯肉粘膜の炎症、義歯性潰瘍の原因となるほか、誤嚥性肺炎の原因ともなりうる。義歯洗浄剤や消毒液による化学的洗浄だけでは義歯に付着した成熟したバイオフイルムの深層の菌までは消毒効果が及ばないため、必ず義歯用ブラシ等による物理的清掃を先に行う必要がある。義歯は口腔内の形状に合わせて作成しているため、非常に複雑な形態をしており、汚れの付きやすい部位は意識して重点的にブラシをかける。この時歯磨き粉など歯磨剤を使用すると、義歯に細かい傷が生じ、細菌が繁殖しやすくなるため、絶対に使用してはならない。また夜間は外した状態で就寝するが(装着した状態で就寝することが良い場合もあり歯科医師の指示に従うこと)、外している時は必ず水中に保管する。義歯の材質は水分を含みやすい樹脂であり、乾燥させると変形し、ヒビ、破折の原因となる。ただし清掃しない状態で水中に保管してしまうと、水中で細菌が繁殖し、保管容器にバイオフィルムが付着する。このままでは次に保管した際に義歯に細菌が付着する悪循環となってしまうため、保管前の義歯と保管容器のブラシによる清掃は必須である。

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1)清掃状態
ⅰ)経口摂取している場合の食物残渣
経口摂取が可能な場合で、清掃不良であると食物残渣とそれに伴って増殖したプラークが主な汚れの原因となる。乾燥が強い場合は汚れが乾燥し、硬く除去しづらい状態となる。顔面に麻痺がある場合は特に麻痺側の頬側や口底に汚れが堆積する。

ⅱ)経口摂取していない場合の乾燥剥離上皮、汚染物質
経口摂取していない場合は、唾液の流出も低下し、口腔乾燥もより強くなり、口腔内の剥離上皮と唾液、痰、細菌が固まった硬い汚れが付着する。付着部位は口唇、歯、口蓋、舌、咽頭であり、咽頭が機能していないと咽頭に多量に堆積していることもある。
上顎前歯の裏や口蓋の前方は光で照らして観察しないと分かりづらいが、このような硬い汚れは、舌の機能や唾液の分泌能など口腔機能の低下を示唆する所見であるため、注意が必要である。

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ⅲ)継続的な清掃不良による歯周病とう蝕
継続的に口腔清掃状態が不良で、かつ唾液の分泌が減少した状態(加齢変化、脱水、薬剤、他)では、歯周病やう蝕が多発する。歯周病が進行し歯肉が腫れているところは、歯ブラシで疼痛や出血が生じるため、さらに清掃不良となり、歯の根が見えてくると歯根面う蝕(歯頸部う蝕)が多発する。歯根面う蝕が進行すると、補綴物が不適になり、さらに清掃が困難になり、歯頸部で歯は折れて残根状態となる(歯の破折時の脱落、誤飲、誤嚥に注意を要する)。また根面が露出してしまった歯は骨の支持がなくなっているため動揺するが、これにより疼痛が生じ、歯ブラシ中にも動揺し汚れが取りにくく、また清掃時に脱落し、誤飲、誤嚥の危険もある。動揺歯は上下に動揺するようになると脱落の危険が高いので、抜歯や削合、固定等の処置が必要となる。補綴物の不適や、う蝕などで形態不良になった歯はさらに清掃が困難な状態となるため、歯周病をさらに進行させるといった悪循環を生む。

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2)機能障害を疑う所見
ⅰ)全身状態の異常が口腔粘膜に呈する症状
口腔粘膜は消化管と連続しており、また代謝の盛んな組織であることから、全身状態の異常があった場合、口腔粘膜に症状が見られることがある。貧血や栄養不良による平滑舌や舌炎(舌のピリピリした痛み)、免疫低下によるカンジダ症、ヘルペスウイルス感染症などは頻繁に見られる。義歯不適合や清掃不良による義歯性潰瘍、義歯性カンジダ症は、全身状態だけでなく、義歯の状態とも関連する所見である。
ⅱ)機能低下による異常
舌機能低下による舌苔の増加、唾液分泌の低下による口腔乾燥なども多く観察される。黒毛舌は舌機能低下だけでなく抗菌薬の長期投与による口腔内常在菌の菌交代現象、唾液の分泌低下は脱水、ストレス、薬の副作用など全身的要因とも関連する。

3)顔面・口腔の異常への対応
頬粘膜、舌、口底などに見られる粘膜疾患としては口内炎、アフタ(粘膜の小潰瘍:接触痛、酸味痛)、粘膜全体に起る自己免疫疾患の天疱瘡(粘膜が剥離し、疼痛が著明)などがある。

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また先天的な異常では、口蓋が裂開している口蓋裂(唇、顎骨まで裂開しているときは口唇口蓋裂)、舌小帯強直症、溝状舌など様々な先天異常がある。障害児など呼吸障害もある場合では顎骨の先天異常がなくても、機能的に狭窄歯列や高口蓋になることもあるが、詳しい説明は他項に譲る。

口腔粘膜は非常に薄く、皮膚と違い角化層がない(角化歯肉は角化しているが薄い)ため、様々な原因で容易に傷ができる。尖った歯や補綴物、義歯床下への食物残渣の迷入などで起こった潰瘍による疼痛のため食事量が減少したり、細菌感染の入り口となることもあり、粘膜の異常とそれを生じさせる可能性のある異常は早期に発見し、対応する必要がある。さらに薄い口腔粘膜の下はすぐに顎骨があり、う蝕や歯周病、粘膜の傷から細菌が感染し顎骨まで炎症が波及することも多い。全身疾患や薬剤の影響などで免疫能、血流や代謝の低下がある場合は、特に治癒不全が起こりやすく、骨髄炎や骨壊死に至ることもある。

また不整な粘膜の盛り上がりや潰瘍がある場合は腫瘍性病変の疑いがある。腫瘍の場合、無症状に経過することもあり、義歯が合わないなどの理由で初めて発見されることもある。舌癌、歯肉癌といった口腔癌だけでなく、前癌病変である白板症(こすっても取れない粘膜の白斑)、扁平苔癬(レース状や網目状の粘膜の白斑)も腫瘍化することもあり注意が必要である。いずれの粘膜疾患も、経過観察で治癒しないものであり、早期に専門医を受診し、精査すべきである。

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推薦図書

  1. 菊谷武 監修:基礎から学ぶ口腔ケア, 第2版, Gakken
  2. 渡邊裕 編:口腔ケアの疑問解決, 第1版, Gakken
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