
説明
ここでは間接訓練の一環として、口腔器官の訓練の意義ならびにその手技について学ぶ。間接訓練として従来臨床現場で用いられてきた手技の多くはエビデンスが不十分であったため、口腔体操のような古典的で運動生理学的理論に反したエビデンスの乏しい訓練が普及した。しかし、神経筋機能を向上させるためには、運動生理学的理論、とりわけ三大原理(過負荷の原理、特異性の原理、可逆性の原理)と五大原則(漸進性の原則、全面性の原則、意識性の原則、個別性の原則、継続性(反復性)の原則)に基づかなくてはならない。
今日でもなおも十分とはいえないが、近年、ようやくエビデンスが蓄積されるようになった。また口腔器官の機能的訓練効果と嚥下機能との関連性についても質の高い研究報告は従来極めて少なかったが、最近になって前者が後者の改善を促すという報告がみられるようになった。口腔器官の訓練手技の多くは、Murryら(2006)が指摘しているように、ディサースリア(dysarthria、運動障害性構音障害)の訓練手技として発展したものであり、従ってディサースリアの専門書が大いに参考となる。

説明
口腔とは消化器系の入り口であり、前方は口唇、外方は頬、上方は硬口蓋・軟口蓋、下方は舌・下顎骨内面に囲まれた内腔である。後方は口峡を通して咽頭に連なっている。口腔器官の訓練とは、主に舌、口唇・頬(顔面下部)、下顎の訓練のことをさす。
口腔器官の障害は、摂食嚥下の5期モデルにおける準備期と口腔期の障害を招く。具体的には、取り込み障害、咀嚼困難、食塊形成困難、食塊の保持困難、送り込み困難などを招き、誤嚥・窒息の原因の一つとなる。従って、口腔器官の訓練は、主に、取り込み、咀嚼、食塊形成、食塊の保持、食塊の口腔から咽頭への送り込みなどにかかわる随意的運動機能を改善させることを目的とする。
なお、咀嚼困難、食塊形成困難は歯の欠損、義歯不適合によっても起こるが、こうした問題は歯科的治療を要する。本コースではこれらの治療内容を含めない。

説明
舌の訓練効果に関する主要なエビデンスについて再見すると、Robbinsら(2005、2007)は、健常高齢者では、週3回、1日3回、1回30回の頻度で8週間アイオワ式口腔内圧測定装置(IOPI)を用いて舌の挙上運動を抵抗運動で施行して効果があったと報告している。この場合、等尺性運動で負荷量を漸増させ、施行時の抵抗値は筋力の増強に伴い、最大筋力の80%とした。その結果、嚥下機能も改善した。さらに、MRIで平均5.1%舌の体積が増した。
脳卒中患者では、週3回、1日3回、1回10回の頻度で8週間IOPIを用いて舌の挙上運動を抵抗運動で施行して効果があったと報告している。やはり等尺性運動で負荷量を漸増させ、施行時の抵抗値は筋力の増強に伴い、最大筋力の80%とした。その結果、嚥下機能も改善した。
Yeatesら(2008)は、嚥下障害患者(原因疾患は多様)では、週2~3回、1日1回、1回60回の頻度でIOPIを用いて舌の挙上運動を抵抗運動で施行して効果があり、その結果嚥下機能も改善したと報告している。この場合も等尺性運動で実施したという。
西尾(2006)は、健常青年では、週3回、1日3回、1回10回の頻度で4週間、舌の挙上運動、前方突出運動、左右移動運動を抵抗運動で施行し IOPIを用いて効果を測定したところすべての運動課題で有意に筋力の増強を認めたと報告している。このさい、舌の訓練時に音声言語医療用バイト・ブロックを使用して下顎を固定することで有意な筋力増強効果が得られたことから、その重要性を指摘している。特に挙上運動を実施させる場合、下顎を固定しないと舌の運動は下顎で代償されてしまうからである。
その他のエビデンスとして、Lazarusら(2003)、van den Steenら(2018)、Yanoら(2019)などがある。バイト・ブロックを用いてないものは、舌に加えて下顎の筋力を誤って測定している可能性がある。

説明
舌の機能的訓練は、重症度に応じて、他動運動、自動介助運動、自動運動、抵抗運動を行う。どの運動の種類を用いるにしろ、舌の運動課題として、①前方突出運動、②挙上運動、③左右移動運動を含め、角度特異性の問題を回避して効果を高めるために、多方向的に行う必要性が近年重視されている(西尾、2019)。
舌の他動運動では、舌を湿ったガーゼで包んで臨床家がしっかりと保持して各運動課題を行う。他動運動および自動介助運動は鏡の前で視覚的にフィードバックさせ、前方、上方、側方への粗大運動感覚を再習得させる。自動介助運動では、舌圧子や臨床家の手指で介助を行う。

説明
舌の挙上運動は下顎の運動によって代償されやすいので、音声言語医療用バイト・ブロックを使用して下顎を固定する必要がある。下顎の代償運動が行われると、舌の筋収縮は適切に生じないため筋機能の改善は期待し難しくなる。近年の脳科学の進展に伴い、代償運動を抑制した運動経験が脳の中枢神経系を再組織化させることが示唆されている。
なお、バイト・ブロックはある程度の数をそろえておき、患者ごとに滅菌してから使用しなくてはならない。最近は、滅菌済みの音声言語医療用ディスポーザブル・バイト・ブロックも販売されている(インテルナ出版)。

説明
筋力増強を目的とした抵抗運動の課題も、前方への突出運動、挙上運動、左右(側方)への移動運動を行う。前方突出運動では、開口位で上下顎の切歯間に臨床家が舌圧子を置いて徒手的抵抗を加え、勢いよく舌を前方に突出させる。舌圧子の代わりに、臨床家がディスポーザブル・グローブを付けてガーゼで直接クライアントの舌に抵抗を加えても良い。この場合は臨床家がクライアントの舌の筋力を直接把握しながら訓練を進めることができる。
上方への挙上運動では、やはり音声言語医療用バイト・ブロックで下顎を固定することが必須である。こうして開口位で、臨床家は舌面上から下方に舌圧子を用いて徒手的抵抗を加え、勢いよく抵抗に抗して舌体を挙上させる。左右への移動では、臨床家が舌圧子を正中からやや側方(移動させる側)に位置して徒手的抵抗を加え、勢いよく抵抗に抗して舌を側方に移動させる。やはり舌圧子の代わりに、臨床家がディスポーザブル・グローブを付けてガーゼで直接クライアントの舌に抵抗を加えても良い。
舌圧子を通して臨床家が加える抵抗は個々のクライアントの筋力に応じて変化させる。過負荷の原理は重要であるが、負荷量を厳密に設定することは難しい。筋力増強に関する最近の研究では、上下肢、舌でともに最大筋力の80%を発揮するのが望ましいとされる。しかし負荷量を厳密に設定した運動は、舌の訓練では現実的ではない。常に最大限の筋収縮を促すように努めるのが現実的であろう。舌圧子を押す運動は3~5秒間維持させる。これを1セッションに10回行って1セットとし、可能であれば1日に3セット行う。
その他の課題として、臨床家が麻痺側の口角に第5指(小指)を入れて頬に向かって引いて抵抗を与え、クライアントにその抵抗に抗して口唇を閉鎖させる。あるいは、口角に入れた臨床家の第5指を吸啜させる。

説明
前述のIOPIを口蓋と前舌もしくは奥舌の間に置いて舌で上方に向かってバルブを押す課題は、フィードバック法の効果が加わり推奨される。この場合も、音声言語医療用バイト・ブロックを使用して下顎を固定することで舌の運動機能の改善がより期待できる。IOPIでは、付属の舌バルブを本体に接続することで、バルブに対して与えられた圧がキロパスカル(kPa)単位で測定され本体の液晶画面に表示される。IOPIは、後述する口唇の閉鎖運動にも有用である。

説明
国内では、株式会社ジェイ・エム・エスより2011年にIOPIに類似した舌圧測定器が販売され、これを契機に国内にける舌圧研究が加速した。また、竹井機器工業株式会社から2010年に舌筋力計が販売された。本筋力計では通常舌圧子を用いて行う舌の訓練時に発揮されている筋力を簡便に測定し数値化することができる。舌のあらゆる角度の運動時の筋力が測定できる。

説明
先に負荷量について触れたが、脳卒中などに起因する神経筋疾患例に対する筋力増強訓練時の適切な負荷量と頻度については見解の一致が十分にはみられていない。しかし近年の流れとしては、神経筋疾患例に対しては集中的で頻回なリハビリテーションを使用する必要性か強調されている。脳の可塑性を期待するには、おそらく週5~7回、相当の高頻度で実施する必要があると思われる。そこで、自主訓練が必要となる。
各種の自主訓練は、クライアントにバイト・ブロックや舌圧子を渡すだけで簡単に行うことができる。抵抗運動の場合、負荷はクライアントが自身の手指で加えるように指導する。上肢の実用が困難である場合は、介護者や家人の協力を得る。
自主訓練においても必ず、1)音声言語医療用バイト・ブロックで下顎を固定してその代償運動を抑制すること、2)鏡を用いて運動が適切にできているかどうかを視覚的にフィードバックしながら行わせることが大切である。

説明
顔面の訓練効果に関する主要なエビデンスについて再見すると、Häggら(2008)は脳卒中後の嚥下障害患者に毎日3回、1回3回の頻度で5週間以上、アクリル製のoral screenを用いて口唇の閉鎖運動を抵抗運動で実施し、口唇の筋力と嚥下機能の双方で有意に改善したと報告している。このさい、顔面神経麻痺の有無にかかわらず、口唇の筋力は訓練後に上昇したという。
西尾(2006)は健常青年では、週3回、1日3回、1回10回の頻度で4週間、口唇の閉鎖運動を抵抗運動で施行し IOPIで効果を測定したところ有意に筋力の増強を認めたと報告している。このさい、口唇の訓練時に音声言語医療用バイト・ブロックを使用して下顎を固定することで有意な筋力増強効果が得られたことから、その重要性を指摘している。特に口唇の閉鎖運動を実施させる場合、下顎を固定しないと口唇の運動が行われないからである。

説明
また、小久保ら(2012)、阿部ら(2012)、小野田ら(2012)、高倉ら(2012)は、顔面のCIセラピー施行の有用性を報告している。顔面に対する訓練法としてCI セラピーは重要であり、詳しくは後述する。

説明
口唇・頬の訓練は、舌の機能的訓練と同様に重症度に応じて、他動運動、自動介助運動、自動運動、抵抗運動を行う。どの運動の種類を用いるにしろ、口唇の運動課題として、①「イー」と発声させながら口唇を横に引かせる、②「ウー」と発声させながら口唇を突出させる、③「ンー(/m/)」と発声させながら口唇を閉鎖させる運動を行う。

説明
口唇・頬といった顔面下部の訓練を実施するさいに、ほとんどのクライアントは麻痺側の顔面下部を使用しないものである。非麻痺側、すなわち健側を使用してこれらの課題を行ってしまう。その結果、麻痺側の筋力は改善することがなく、むしろ低下する。逆に健側はさらに強化されてしまう。従って、健側の動きを抑制しない限り、効果が得られない。各運動時に必ず健側の動きを強制的に制限し、麻痺側に集中して運動を行わなくてはならない。
このように健側の使用を制限して患側に集中的な運動を行なわせることで患側の運動機能の改善を図ろうとするアプローチをconstraint-induced movement therapy (CI therapy、 CIMT)という。CIセラピーのエビデンスレベルは高く、 Wolfら(2006、2008)の大規模なRCTはCIセラピーの効果を決定づけるものとなり「脳卒中治療ガイドライン2009」においては、 グレードA(行うよう強く勧められる)の治療法として位置付けられている(脳卒中合同ガイドライン委員会、2010。)。
国内では、前述のように顔面に対するCI セラピーの有効性が最近になって多数報告されている。顔面のCI セラピーは、中枢性麻痺でも末梢性麻痺でも有効であると報告されている。末梢性顔面神経麻痺に対してCI セラピーを用いた最近の一連の報告では、従来より懸念されてきた病的共同運動や顔面拘縮は生じない。その理由として、病的共同運動の予防としてかねてよりフィードバック法の重要性が指摘されてきたが、おそらく顔面のCI セラピーでは視覚的バイオフィードバックを重視することが関与しているものと推察される。
健側の顔面下部の動きを抑制するにあたり、①口唇を横に引く運動、②口唇の突出運動時に、臨床家はクライアントの背後から、クライアントの健側の顔面下部を臨床家の手指でしっかりと固定する。あるいは、非麻痺側の顔面下部をテープでしっかりと固定する。また③口唇の閉鎖運動時には、下顎の代償運動を抑制するためにバイト・ブロックを使用する。バイト・ブロックで下顎を固定しなくては、口唇の閉鎖訓練の意義をなさない。
そして、目の前に鏡を置いてクライアントに患側の動きに十分に注意を促し運動を学習させることが大切である。

説明
筋力増強を目的として口唇に対して抵抗運動を行うには、臨床家が麻痺側の口角に第5指(小指 )を入れて頬に向かって引いて徒手的抵抗を加え、クライアントにその抵抗に抗して口唇を閉鎖させる。この時、指腹を用いて抵抗を与える。あるいは、麻痺側の口角に指を入れてできるだけ強く吸啜させる。下顎の代償運動を抑制するために、バイト・ブロックを使用することを忘れないようにする。バイト・ブロックのサイズは一番小さいものから開始し、クライアントの機能の改善に応じて大きなサイズに変更する。
その他に、上下唇間で舌圧子を挟ませて臨床家が舌圧子を引き抜こうとする抵抗に抗して保持させる訓練、デンタルフロスなどのヒモを穴に通したボタンを麻痺側の口腔前庭に置いて、ボタンを引き抜こうとする臨床家の抵抗に抗して口唇を閉鎖してボタンを保持させるボタンプル運動などが簡便で実用的である。

説明
口唇・頬の自主訓練としてCIセラピーを実施する場合、クライアントに自身の手掌で健側の顔面下部の動きを抑制し、鏡に向かって視覚的に麻痺側の動きに集中させながら行わせる。
市販の自主訓練用口唇閉鎖器具としてリフトアップやパタカラ、とじろー君などがあり、その有用性が報告されている(野呂、2001)。やはり、健側だけで運動が行われることが多いので、鏡を見ながら麻痺側の動きに注意させて行わせる必要がある。

説明
その他の顔面下部の訓練手技として、筋電図を用いたフィードバック法(EMGフィードバック)、マッサージやリラクゼーション、ストレッチ、病的共同運動の抑制課題、協調的運動課題、感情表現課題、構音訓練課題などから構成されるmime therapy、構音訓練、アイシング、温熱療法などがある。mime therapyでも鏡を用いて患側の動きに留意させる。マッサージやストレッチは筋緊張の亢進状態の予防と軽減にも有効とされている。低周波電気刺激は、今日では用いられない。
構音訓練は、口唇・頬の訓練時にはパ・バ行(/p/、/b/音)といった両唇音を集中的に用い、やはり鏡を用いて対称性に留意させながら、もしくは患側の動きに留意させながら実施する。舌の訓練として構音訓練を行うさいには、ターゲットとする舌音の種類を適切に選択して実施する。また、ハミングも口唇閉鎖に有用とされる。市販の構音訓練用の教材として、「スピーチ・リハビリテーション 1巻―構音訓練編―(インテルナ出版)」が普及している。

説明
下顎の機能的訓練も、重症度に応じて、他動運動、自動介助運動、自動運動、抵抗運動を行う。どのような種類の運動を用いるにしろ、運動課題として、主に①開口運動、②閉口運動を行う。
筋力増強を目的として開口運動を抵抗運動で行うには、臨床家が下顎底に指もしくは手掌をあてがい徒手的抵抗を加えて、クライアントにその抵抗に抗して開口させる。閉口運動を抵抗運動で行うには、前歯上に舌圧子をあてがい、下方に向かって抵抗を加えてクライアントにその抵抗に抗して閉口させる。前歯が欠損していたり歯の痛みがある場合、両側の下顎臼歯上に指をおいて徒手的抵抗を加えてクライアントにその抵抗に抗して閉口させる。クライアントの正面には鏡を置いて、視覚的にフィードバックさせながら行う。
開口運動は舌骨上筋群により行われるが、これらの筋は嚥下時に重要な舌骨の挙上運動も担っている。舌骨上筋群の多くは、下顎骨を固定したときは舌骨を挙上させ、舌骨を固定したときは下顎骨を引き下げ開口させる。従って、下顎の開口運動を抵抗運動で実施して舌骨上筋群を強化することは、嚥下反射時における舌骨・喉頭の挙上運動の改善も期待できる可能性があると推察される。
その他、必要に応じて前後運動(前進・後退運動)、側方運動を加える。

説明
発話運動に関与する末梢の器官(顔面下部、下顎、口腔、咽頭、喉頭など)の多くは、嚥下運動にもかかわっている。こうした解剖学的特性により、ディサースリアと嚥下障害が合併する割合は高いと報告されてきた。また、発話障害(ディサースリア)と摂食嚥下障害は、両障害の合併率の高さの原因となっている発話器官と嚥下器官の解剖学的重複性に着目すると、障害構造でも自ずから類似する。したがって、こうした両障害を共起する器官の運動機能障害に同時並行的にアプローチする機能的治療システムが求められる。こうした点に着目し、ハイブリッド・アプローチとして構築されたもの「高齢者の発話と嚥下の運動機能向上プログラム( Movement Therapy Program for Speech & Swallowing in the Elderly:MTPSSE)」である(西尾、2018、2019)。西尾(2018)は系統発生学的に検討し、発話障害(ディサースリア)と摂食嚥下障害を同時並行的に予防・治療・訓練することが妥当であると同時に、クライアントにとって有益な効果が得られることを示唆している。
MTPSSE のプログラムには、ほぼ発話・嚥下関連筋群全般が予防・治療・訓練の対象として含まれており、実施手続きが規格化されている。したがって、評価結果で抽出された問題点に対応したMTPSSE の部位別治療・訓練カテゴリー(大項目)から必要な課題(小項目)を選択し、規定された手続きに従って施行することで、誰でも適切に予防・治療プランを立案し、実施し、ある程度同一レベルの効果が期待できる。

説明
MTPSSEは予防的アプローチであると同時に治療的アプローチである。したがって、急性期リハ、回復期リハ、維持期(生活期)リハばかりでなく、介護予防分野においても活用されることを期待して開発されたものである。概して、健常(自立)、プレフレイル、フレイル期であれば予防的アプローチとして、障害期であれば治療的アプローチとして用いるのが妥当である。健常、プレフレイル・フレイル期、障害期のすべてを対象としている点でMTPSSEは、医療、介護、予防を一体的とらえて包括支援を提供する今日の地域包括ケアシステムと対応している。
従来の摂食嚥下リハビリテーションは、既に発生した障害に対して、その機能の改善を図ることなどを目的とし、医療・介護領域で行われてきた。しかし、フレイル、サルコペニアに関与する摂食嚥下障害は、障害に起こさないように予防するという視点をしっかりともつこと、そして、それに値する予防技術を関連職種が身につけ、地域住民の健康を支える責務感を持つことが求められる。
具体的には、一般介護予防事業における地域リハビリテーション活動支援事業、ならびに介護予防・生活支援サービス事業における訪問型・通所型短期集中予防サービスにおいて、MTPSSE が活用され、「予防的摂食嚥下リハビリテーション」が確立されることを期待したい。

説明
MTPSSEには、臨床効果を高めるために新たに開発された新規性の高いテクニックが多数含まれている。たとえば、各器官に対するチューブトレーニング法はその一例である。チューブトレーニングが健康運動科学やリハビリテーション医学の領域において有効であることはすでに示されており、ある程度普及しているが、嚥下器官に対して実用される手法が開発されたのは初めてのことである。チューブトレーニングでは、あらゆる角度に向かって抵抗運動が可能である、負荷の量を容易に調節できる、廉価な用具で簡便に実施できる、筋収縮の様式について短縮性収縮、伸張性収縮、等尺性収縮を使い分けて運動を行うことができるなど利点が多い。
MTPSSEの完成により、口腔器官を含めて嚥下器官のリハビリテーションが大きく進展することが期待される。

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