44.鼻咽腔閉鎖・咽頭収縮・喉頭閉鎖訓練

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説明

鼻咽腔閉鎖・咽頭収縮・喉頭閉鎖は、嚥下の咽頭期におこる一連の運動の中でも特に重要なもので、これらの機能が障害されると誤嚥をふくめた種々の問題が生じる。ここでは、鼻咽腔閉鎖不全・咽頭収縮不全・喉頭閉鎖不全に対する各種訓練法を列挙し、それぞれの理論的背景と実施法を解説する。また、局所筋の訓練法として広く知られてはいるものの、嚥下への訓練効果に関するエビデンスに乏しい手技も多いので、実施にあたっての留意点を明確にする。

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説明

嚥下における鼻咽腔閉鎖とは、咽頭期に軟口蓋と上咽頭収縮筋が収縮し、互いに強く接触して鼻腔と咽頭腔の通路を遮断する運動である。この運動が障害されると食塊が鼻腔へ逆流すると考えられているが、スライドの図のごとく、健常者の嚥下では、咽頭へ入った食塊の上方で舌根部と咽頭壁も接近/接触して食塊が下方へ進むのを助けている。そのため、食塊が鼻腔へ逆流するのは軟口蓋に限定された問題ではなく、舌根部と咽頭壁の接近/接触が不十分な場合である1)

鼻咽腔は、嚥下以外に吸啜時、ブローイング時、嘔吐時、発話時にも閉鎖するため、嚥下以外の動作を利用した訓練が積極的に行われてきた。しかし、嚥下以外の動作を繰り返して軟口蓋や咽頭筋の筋力を増強させても、それがどれほど嚥下時の鼻咽腔閉鎖改善につながるかは、まだ不明な点が多い。

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説明

ここでは、種々の鼻咽腔閉鎖訓練が嚥下時の鼻咽腔閉鎖につながるというエビデンスが未だに乏しいということを踏まえたうえで、鼻咽腔閉鎖にかかわる筋を働かせる運動の代表的なものを列挙する。なお、発話時には嚥下時ほど強固な鼻咽腔閉鎖が要求されず2)、発話時と嚥下時の軟口蓋の運動様相は異なる3)ことから、発話が嚥下訓練の手段として用いられることは少ない。そのため、発話訓練はここでは含めない。

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説明

1.持続的陽圧呼吸療法(CPAP療法)2)
睡眠時無呼吸症候群の治療に用いられるCPAP療法を鼻咽腔閉鎖訓練に転用した抵抗運動手技である。呼気圧-呼気流装置を用い、陽圧空気を持続的に経鼻的に送ることで鼻咽腔閉鎖に関与する筋に抵抗をかける方法で、徐々に抵抗を増やして8週間トレーニングを継続するプロトコールが提唱されている4)。この方法は筋力を増強させるのに有効であったと報告されている4)5)

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説明

ここでは、息を吹く動作と、物を押したり(プッシング: pushing)物を引き上げたり(プリング: pulling)して上肢に力を入れる動作でおこる鼻咽腔閉鎖を利用した訓練を列挙する6)。日常生活の動作を取り入れるので、手軽でよく利用されるが、嚥下時の鼻咽腔閉鎖改善への寄与は疑問視されている。

しかしながら、吹く動作(呼気を口から出す行為)は、呼吸機能や口腔内圧を高める練習につながり、力を入れて押す動作(プッシング)や物を引っ張り上げる動作(プリング)は喉頭の閉鎖を促す効果があるため(後述)、訓練目的によっては有効な方法である。ただし、息を吹く訓練は過剰に行うと過呼吸を引き起こす危険性がある。また、力を入れる訓練は血圧を上昇させるため、高血圧や心疾患がある症例に対して注意が必要である。

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説明

軟口蓋へのアイシングとそれによる筋収縮を促す方法は、西尾7)がアイシングによって神経筋機能を促通させる技法を鼻咽腔閉鎖機能に適用したものである。

口を大きく開けて、凍らせた綿棒やアイススティックで軟口蓋を刺激し、刺激後に随意的に軟口蓋を挙上させる。本来、発声中の鼻咽腔閉鎖機能改善を目的としたものであるが、軟口蓋刺激の後に発声でなくて嚥下を促すことで嚥下訓練への応用も可能であると考えられている。至適訓練量や頻度、訓練期間は明確でないが、西尾は、1セッションに5~10回、1日に2~3セッション、週に5回実施していると記述している。なお、絞扼反射の強い患者や寒冷過敏症患者には禁忌である。

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説明

嚥下咽頭期において、咽頭壁は3つの役割を果たす。その中でも特に重要なものが、嚥下圧の生成源となる咽頭収縮(舌根部と咽頭壁の接触)である。この接触が不足すると、食塊を下方向へ押し込む力が生まれず、食塊の咽頭残留(咽頭のクリアランスの低下)、誤嚥、逆流につながる。

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説明

咽頭収縮筋は随意筋ではないため、長い間、意図的な収縮訓練の対象とは考えられなかった。そのため、鼻咽腔閉鎖不全に対しては軟口蓋の挙上訓練、舌根部と咽頭壁の接触不全に対しては、舌の後退運動訓練が主体であったが、現在、咽頭壁の動きを改善(嚥下造影側面画像上では、咽頭壁の前方隆起を増大)させる可能性のある手法として、前舌保持嚥下法が提唱されている8)9)。前舌保持嚥下法は、突出させた舌の前部を前歯で挟んで固定し、嚥下をする方法である。舌前方保持嚥下法、tongue holding maneuver, tongue-hold swallow, Masako maneuverなどとも呼ばれている。 咽頭壁の上から下方向への連続収縮不全に対する訓練法は、残念ながら今も存在しない。

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説明

健常人で、舌を保持しない嚥下(通常嚥下)と舌を保持する嚥下(前舌保持嚥下)をVF側面画像で比較すると、前舌保持嚥下で咽頭壁の前方突出(隆起)度が増すことがわかる。舌を固定した状態で嚥下する前舌保持嚥下法には、咽頭壁を前方へ引き出す働きがあるため、訓練として繰り返すことで、咽頭壁の動きを改善させる効果が期待できる。しかし、訓練効果、至適訓練量や訓練期間に関するデータはまだ得られていない。

舌の動きを阻害する本手技は、あくまでも訓練法であり、実際の摂食嚥下時に用いるものではない。誤解のないよう、実施や指導にはじゅうぶんな注意が必要である9)

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説明

嚥下咽頭期の喉頭閉鎖は、喉頭蓋レベル、声門上レベル、声門レベルの3レベルで起こる強固な防御機能である。声門上レベルとは、喉頭前庭の閉鎖で、嚥下造影側面画像上では喉頭蓋基部と披裂軟骨の接触として映る。

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説明

喉頭蓋レベルの閉鎖は喉頭蓋の反転によって成立するが、喉頭蓋は能動的に倒れる部位とは言いがたいので10)、喉頭蓋の反転を引き起こす周囲の器官の動きが不可欠である。喉頭蓋の反転を促すには、嚥下咽頭期の舌根部の後退運動を促す訓練、舌骨の前方移動を促す訓練、喉頭の挙上を促す訓練、嚥下圧を生成する舌根部と咽頭壁の接触を促す訓練(食塊を下方向に押し込む駆出力をつくる)が必要となる。それぞれの訓練法については、別途該当コースを参照されたい。

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説明

声門上部(喉頭前庭)の閉鎖は、喉頭閉鎖の中で最も確実で大切な閉鎖レベルである。喉頭蓋が反転しなくても、声門上部の閉鎖が確実であれば誤嚥は起こらない。

閉鎖訓練は、以下の①~③を1セットとして、1回約5分、毎日5~10回繰り返す1)

①1秒間息を止め、力み、吐く。
②自分の座っている椅子を両手で下に押す動作をしながら数秒間力んで吐く。
③さらに、椅子を上に引きあげながら数秒間力んで吐く。

この訓練は、かなり力を入れるので、高血圧患者や心疾患患者への適応は気をつけなければならない。また、声門上レベルの閉鎖不全の背景に喉頭挙上低下がある場合は、喉頭挙上訓練も行う必要がある。

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説明

声門レベルの閉鎖訓練には、両声帯の接近(内転)を促す発声訓練を用いる1)

まず、以下の①~②を1セットとして3回繰り返し、毎日5回~10回訓練する。

①自分が座っている椅子を片手で押しながら、できるだけ澄んだ声で「アー」を5回発声。
②続いて、声帯を強くぶつけるように「アー」を5回発声(硬起声発声)。

その他、鼻咽腔閉鎖訓練で示したプッシング/プリング動作をしながらの発声訓練を行う。例えば、自分が座っている椅子を両手で引き上げるようにしながら持続発声をする。はじめは、硬起声発声で「アー」と強く発声し、続いてできるだけ澄んだ声で5秒~10秒間発声する。最後に、息を大きく吸って止め、できるだけ強く咳をする訓練を加える。この訓練も毎日5~10回繰り返す。

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引用・参考文献

  1. 道 健一,道脇幸博監訳:Logemann 摂食・嚥下障害,医歯薬出版,2000.
  2. 西尾正輝:ディサースリア臨床標準テキスト,医歯薬出版,pp.156-158,2007.
  3. 舘村 卓:口蓋帆・咽頭閉鎖不全 その病理・診断・治療,医歯薬出版,pp.105-107,2012.
  4. Kuehn, D. P. & Moon, J. B.: Levator veli palatine muscle activity in relation to intraoral air pressure variation.Journal of Speech, and Hearing Research, 37, 1260-1270, 1994.
  5. 原 久永,舘村 卓,高 英保,森本知花,平田創一郎,米田真弓,和田 健:持続的鼻腔内陽圧負荷装置を用いた鼻咽腔閉鎖機能賦活法(CPAP療法)のnasalanceによる評価,日口蓋誌,23:28-35,1998.
  6. 日本摂食嚥下リハビリテーション学会医療検討委員会. 訓練法のまとめ(2014版). 日摂食嚥下リハ会誌18(1):55-89, 2014.
  7. 西尾正輝:ディサースリアの基礎と臨床 第3巻 臨床応用編,インテルナ出版,pp.81-82,2006.
  8. Fujiu, M., Logemann, J. A. & Pauloski, B. R.:Increased postoperative posterior pharyngeal wall movement in patients with anterior oral cancer: Preliminary findings and possible implications for treatment.American Journal of Speech-Language Pathology, 4, 24-30,1995.
  9. Fujiu, M., & Logemann, J. A.:Effect of a tongue-holding maneuver on posterior pharyngeal wall movement during deglutition. American Journal of Speech-Language Pathology, 5, 23-30, 1996.
  10. 金子芳洋訳:摂食・嚥下メカニズムUPDATE 構造・機能からみる新たな臨床への展開,医歯薬出版,pp.58-62,2006.

推薦図書

  1. 才藤栄一,植田耕一郎監修:摂食嚥下リハビリテーション 第3版.医歯薬出版, 2016.
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