45.発声・発語訓練

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説明

ここでは間接訓練に利用できる発声・発語訓練について解説する。発声・発語障害に対するリハビリテーションは言語聴覚士の本分であるが、発声・発語機能に関わる器官は、摂食嚥下機能に関わる器官と重なっており、両者はしばしば同時に障害される。したがって、摂食嚥下障害のスクリーニングや間接訓練として発声・発語機能のチェックや訓練が用いられる場合がある。

そこで、言語聴覚士以外の職種の方々にも、発声・発語の仕組みと、摂食嚥下機能との違いを正しく理解したうえで、目的にあった発声・発語訓練を取り入れていただきたい。

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説明

発声・発語機能は①呼吸 ②発声 ③共鳴 ④構音といった4つのプロセスからなっている。①②肺からの呼気が喉頭内の声門を通り抜けるとき、声帯粘膜の振動を起こし、それが空気の波動、つまり音波を生成する。この場合、適度の声門閉鎖が必要で、反回神経麻痺等で閉鎖不十分であると息漏れによって声がかすれる(気息性嗄声)。また声門閉鎖が強すぎても息こらえのような状態で発声困難となる。③喉頭で生成された音波は喉頭より上の含気腔(咽頭腔、口腔、鼻腔)、すなわち声道を通過しながら様々な響きを与えられる。なかでも重要な役割をはたすのが鼻咽腔閉鎖機能である。鼻咽腔は口腔と鼻腔の間の通路で、安静呼吸時は開放されて鼻からの空気の通路になっている。しかし、通鼻音(マ行、ナ行、ン)以外の音を産生するときは、軟口蓋や咽頭周壁の筋肉が収縮して鼻咽腔をしっかり閉鎖し、呼気の流れは口腔から出て行く。④そして呼気の流れを口唇や舌でさえぎることによって様々な音が産生される。

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説明

これは各日本語音が産生される場所を示している。口唇を閉鎖すると「パ、バ」、舌が歯茎部に接触すると「タ、ダ」、舌の後方部(奥舌)が軟口蓋に接触すると「カ、ガ」の音になる。

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説明

発声・発語と摂食嚥下は同じ器官の運動だが、その機能は大きく異なる。まず運動の方向が逆である。摂食嚥下では、食物が口から入って咽頭を通過し、食道から胃へ運ばれるのに対し、発声・発語では、肺からの呼気が気管、喉頭、咽頭を通過して、口腔か鼻腔から出ていく。

各部位の運動の強度も、発声・発語では軽いのに対し、摂食嚥下では強くしっかりした運動が必要である。

運動の速度や変化をみると、発声・発語では高速で変化にとんだ正確な運動が必要だが、摂食嚥下では比較的緩慢で定型的な運動である。

運動の惹起は、発声・発語は随意的だが、摂食嚥下では随意的な準備期・口腔期と反射的な咽頭期の運動が混在している。

母音発声:い、え、あ、お、う 連続発話:やぶのなかから うさぎが
ぴょこんと でてきました
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説明

発話時のVFを観察してみよう。母音発声(左)では舌は口蓋に接触せず、口唇も開いている。鼻咽腔は閉鎖して呼気は口腔からでている。母音によって口唇、下顎、舌の位置が変化する。舌の位置は「い」で最も前方に高く上がり、「あ」では最も低く口腔内のスペースが広くなる。

連続発話(右)になると、舌や軟口蓋は協調性のある高速な運動をしている。音によって口唇閉鎖や舌と口蓋の接触が起こるが、それらの運動は軽く時間も短い。摂食嚥下時のVFで観察される口腔期の運動とは様子が異なる。

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説明

発声は喉頭内の声門を呼気が通過するときに起こる。その声の印象から喉頭機能の状態や嚥下時の問題点を推測することができる。

声質が食事中に痰が絡んだようなゴロゴロした声に変わったとき、声門付近に痰や飲食物の残留など貯留物があることが疑われる。咳払いを促したり吸引した後に「あー」と発声してもらい、ゴロゴロした声が消失するかどうか確かめるとよい。

声質がかすれ声の場合、声門閉鎖不全(反回神経麻痺など)が疑われる。誤嚥の危険性を察知して慎重に摂食訓練を進めたほうがよい。

声が続かない、発話が短く途切れる場合は、呼吸機能や声門閉鎖に問題がある。そのため喉頭侵入や誤嚥が起きた時、強く喀出することが困難になる。最長発声持続時間(Maximum Phonation Time: MPT)は、「しっかりと息を吸ってから、できるだけ長く『あー』と言ってください」と説明し、3回計測したうちの最長時間をとる。平均は男性で30秒、女性で20秒ほどであり、男性では14秒以下、女性では9秒以下を異常とする。

声の高低の調節が困難な場合、上喉頭神経の障害が疑われる。喉頭の感覚低下に注意したい。

声の響きが鼻にかかった印象(開鼻声)は、鼻咽腔閉鎖不全によって起こる。飲食物の鼻咽腔逆流の可能性がある。また鼻が詰まった印象(閉鼻声)は鼻炎やアデノイドの肥大などによって起こる。口呼吸や嗅覚障害の原因となる。

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説明

構音(発語)の印象から口腔・咽頭機能の状態を推測することができる。口唇閉鎖不全があるとパ行バ行が、舌尖の挙上不良があるとタ行ダ行が不明瞭になる。カ行ガ行が不明瞭になるのは奥舌と軟口蓋で閉鎖が起こっていないので、食物の口腔内保持が困難となり早期咽頭流入の可能性があるので注意を要する。バ行がマ行、ダ行がナ行に聞こえるときは鼻咽腔閉鎖不全が原因なので鼻咽腔逆流が起こりうる。また母音「い」が「え」に近くひずむのは舌の挙上不良あるいは舌のボリューム不足によると考えられる。舌と口蓋の接触が不十分で送りこみが困難になり口腔内残留が起こる可能性がある。

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説明

構音(発語)訓練を摂食嚥下障害に対する間接訓練として行う意義は、口唇や舌の運動を改善し、主として準備期・口腔期の機能改善を図ることである。また、食事前の準備体操として行うと食事動作の活性化が期待できる。初期訓練としては全例に適応できる。ただし、前述したように発声・発語運動と摂食嚥下運動は様相が異なるので、摂食嚥下時に必要となる運動を意識して、各音の産生は、ゆっくり確実に力を入れて行うように指示する。パ行バ行、タ行ダ行、カ行ガ行を含む構音や音読ドリルを用いてもよい。

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説明

裏声発声(ファルセット)で高い声を出すと喉頭が上がる。これを利用して喉頭の挙上量を増やすことで、嚥下時に食道入口部の開大を促し、咽頭残留を少なくすることを目的として行う。口腔底や舌根部の切除後、喉頭の挙上運動が低下し食道入口部の開大が障害されている症例に適応する。最も高い声を出して数秒間持続させる。このとき手指で喉頭挙上を補助してもよい。

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説明

リー・シルバーマンの音声治療(Lee Silverman Voice Treatment: LSVT® LOUD)は大きな声を出す行為によって発声発語器官全般の機能を高め、声量の増大と発話明瞭度の改善を目指す訓練法である。パーキンソン病など神経筋疾患に伴う発声発語障害および摂食嚥下障害のある人に適応される。発声努力を促す集中トレーニングで1回50-60分のセッションを週に4回、4週間継続する。指示は(1)大きな声(母音)を長く続けて出す(2)大きな高い声、大きな低い声をだす(3)大きな声で話す など簡単明瞭である。まずは治療する人が元気よく見本を示すことで、対象者の気分が乗るように働きかける。自分では大きすぎると思うくらいの声量が望ましいことを理解してもらう。「大声で、叫ぶように!」という状態が自然になってくると、発声・発語機能や摂食嚥下機能が活性化される。

ただし、LSVT® LOUDを施行するにはLSVT GLOBALが主催する2日間の認定講習に参加して認定を取得する必要がある。近年は、IT機器を利用した遠隔地ウェブ訓練、自主トレーニングソフトの開発・運用も実用化している。

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引用・参考文献

  1. 倉智雅子:パーキンソン病の声のリハビリテーション LSVT® LOUDについて.コミュニケーション障害学 30: 103-109, 2013.
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