
説明
ここでは、まず準備・口腔期とはどのようなものを指しているのか、準備・口腔期に障害がある場合の病態はどのようなものか、そして、その原因は何かについて触れる。次に、間接訓練の一般的な意義と、特に準備・口腔期の障害に対する間接訓練について、それぞれ具体的な方法を解説する。

説明
準備・口腔期では、食物や水分を口腔内に取り込み、咀嚼し、唾液と混ぜ合わせて嚥下に適した物性に調整することが行われる。次に食塊は口腔内で集められ、舌背に集められる。舌尖は硬口蓋前方に押し付けられ、舌は中央にスプーン状のくぼみをつくり、そのまま食塊を咽頭に向けて押し込む。この時、舌根部は前下方に移動し、下咽頭が開いて傾斜が作られ、圧が下がることで、食塊は咽頭に引き込まれる。
前提として、これらの活動がスムースに行われるには、摂食者本人が意識清明で、認知に問題なく、食物や水分の取り込み、咀嚼・嚥下等への注意が向き、その注意が持続される必要がある。

説明
準備・口腔期に障害がある場合の病態には、次のようなものがある。食物の取り込みがうまく出来ない。取りこぼしが頻繁に起きる。口中に食物を取り込んでも、うまく咀嚼出来ない。咀嚼しながら食塊の形成が出来ない。さらに咽頭に向かって食塊の送り込みが出来ないなどである。

説明
準備・口腔期の障害の原因には、次のようなものを挙げることが出来る。運動麻痺・感覚障害などのため口唇の閉鎖が出来ない。歯牙の欠損や義歯の不適合のため十分な咀嚼が出来ない。咀嚼筋群、具体的には咬筋、側頭筋、内側・外側翼突筋などの筋力低下、協調運動障害によってもうまく咀嚼出来ないことが起こる。さらに、舌の運動障害・感覚障害があると、咀嚼を含めて食塊形成が困難となり、咽頭に向けて送り込むことが難しくなる。スライド2.でも触れたように、意識障害や認知症などによる注意、または注意の持続が低下すると、うまく食べられないことが起きる。

説明
間接訓練の一般的な目的は、摂食嚥下関連器官に対して、食物を用いずに個々、あるいは全体的に働きかけることによって、各器官の機能、協調性の改善を図ることにある。間接訓練は食物を用いないので、基本的には窒息や誤嚥の危険性が少ない。
これらの訓練の適応は広く、さまざまな原因による摂食嚥下障害の訓練に用いられる。時期的にも発症直後から、間接訓練が行われ、経口摂取が可能となってからも用いられることがある。

説明
間接訓練の具体的な方法は次のようなものである。
- 口唇が低緊張である場合、口唇に対して振動刺激、タッピングなどの手技を用いて緊張を高める。口唇に舌圧子を挟み、力を入れて閉鎖させ、抜けないように努力させる。さらに、上口唇と下口唇それぞれに上下方向に抵抗をかけ、数秒間保持させる。
- 頬の筋力低下がある場合には、口唇を閉じたまま、両側の頬部を強くすぼめ、次に口角を横に引く。これを数秒ずつ繰り返す。

説明
舌筋が弛緩している場合は、振動刺激やタッピングを行い、緊張を高める。緊張が高い場合はマッサージやストレッチを加えて緊張を高める。
- 舌尖の挙上訓練は、開口させ、舌尖部を数秒間上顎前歯に強く押し付けさせる。舌尖部の動きを助けるように下顎が一緒に動いてしまう場合には、バイトブロックを用いて下顎を開口位に保って行う。舌尖部の動きを必要とする「タ行、ダ行、ナ行」の発音練習も行う。十分に舌尖部が力強く動いて、発音されているかどうかを患者にフィードバックする。

説明
舌背の挙上訓練は、舌圧子やスプーン、あるいは訓練者がゴム手袋をはめた指を用いて舌背に置き、軽く圧迫する。患者はその力に抗して、持ち上げる努力をし、数秒間保持する。訓練者が指を用いると舌背の力の程度を直接感じることが出来る利点がある。近年は舌圧計を用いて、舌尖部、舌背部の具体的な力の程度や持続時間、訓練の効果などを計測出来るようにもなっている。

説明
- 開口・閉口訓練をするには、事前に噛み合わせを含め、頭頸部に過緊張を起こさないよう座位、ポジショニングに十分注意を払う。顎関節の拘縮や脱臼のために痛みがあり、開口・閉口が出来ない疑いがある場合は、無理をせずに歯科・口腔外科、特に顎関節症に詳しい専門家に相談する。

説明
咬筋や側頭筋のマッサージを行い、まず筋緊張を落としてから、ゆっくり開口・閉口をさせ、次に下顎の前進・後退、左右に動かす。うまく動かない場合は、訓練者が手で介助し、徐々に可動域を広げる。閉口がうまく出来ない場合は、下顎の臼歯部に両手の親指をあて、抵抗を加えながら、ゆっくり自力で閉口させる。十分に力が入らない場合には、これも訓練者が手で介助し、閉口を促す。

説明
- 咀嚼・送り込みの訓練は、最初は何も口中に含まず、模擬的に咀嚼運動をゆっくり行わせる。ある程度リズミカルな運動が出来るようになれば、ガーゼを臼歯部において噛ませるか、舌圧子を用いても良い。次にガムなどを使い、誤って飲み込まないようにガーゼで包んだものを使うが、左右の臼歯部に噛むものを置いて、訓練者が移動させ、それぞれの側で咀嚼を行わせる。舌の自発的な動きが得られれば、徐々に患者に口中を左右に移動させるようにし、咀嚼の練習を行う。

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送り込みは、これも模擬的に舌尖部を上顎前歯に当て、舌の中央にくぼみを作り、徐々に硬口蓋に沿って後方に動かし、空気を嚥下させる。棒つきのキャンデーを舐めさせ、送り込みの練習をするのも良いが、甘いものを口に入れることで、多量の唾液が分泌されるので、流涎や特に誤嚥に注意する必要がある。

参考文献
- 熊倉勇美:3.訓練「摂食嚥下障害に対する直接訓練と間接訓練の考え方」摂食嚥下リハビリテーション 第3版、才藤栄一、植田耕一郎 監修、医歯薬出版、東京、pp.194-195、2016


