
説明
呼吸および頸部・体幹に対する訓練は、間接訓練に位置づけられる。呼吸機能および頸部・体幹機能は、それぞれ摂食嚥下機能と間接的ではあるが密接に関係しており、これらの機能の障害は摂食嚥下機能にも有意な影響を及ぼす。口腔・咽頭機能とともに、これらの機能にも目を向け、摂食嚥下機能への影響を意識した介入が必要なる。ここでは、呼吸および頸部・体幹に対する訓練の意義と実際の介入方法について解説する。

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摂食嚥下障害患者においては、嚥下と呼吸パターンの協調障害や咳嗽能力の低下など呼吸予備力減少といった呼吸機能の問題を伴うことがある。呼吸訓練は、これらの問題を改善させるためにおこなう介入方法であり、おもに呼吸数を減少させて、一回換気量を増やす(深くゆったりとした呼吸パターン)とともに、呼吸運動の強調部位(腹式呼吸や胸式呼吸など)を変化、あるいは調節させる方法である。
頸部・体幹機能は、摂食嚥下において重要な働きを担っており、これらの運動機能障害(可動制限、筋機能障害、不安定性など)は円滑な摂食嚥下運動を少なからず制限する。頸部・体幹に対する訓練とは、同部位の可動制限、筋機能障害(筋力低下、異常筋緊張、強調性障害など)、不安定性等の問題に対して、その改善を目的に行われる方法である。

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摂食嚥下障害患者では呼吸機能障害を伴うことがあるが、これらは咳嗽機能の低下によって特徴付けられる。健常高齢者と比較して摂食嚥下障害患者では、咳嗽随意性と咳嗽効果(去痰効果)が有意に低下しており、その結果、気道分泌物貯留を有意にきたしていることが明らかになっている。また、誤嚥性肺炎の既往や脳血管障害患者では咳嗽反射が減弱していることが報告されている。さらに、ADL低下に伴う廃用性の呼吸機能低下も懸念される。
摂食嚥下障害患者における呼吸機能の評価に特異的なものはないが、深吸気や強制呼気、随意的な咳嗽(咳払い)の可否などのスクリーニング的評価は行う必要がある。

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摂食嚥下障害における呼吸訓練には、口すぼめ呼吸、横隔膜呼吸・深呼吸、咳嗽がある。以下、それぞれについて解説する。

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呼吸訓練は多くの摂食嚥下障害患者で適応があるとされるが特に、嚥下と呼吸パターンの協調障害、咳嗽能力低下、頸部・体幹筋群の筋緊張亢進などがよい適応となる。しかし、呼吸調整が不可能な重症例や失調性呼吸を合併する症例では適応外となる。呼吸訓練を指導する場合の基本原則としては、まず深くゆったりとした呼吸パターンにすることが必要である。これによって死腔換気(ガス交換に関与しない換気)を減じて、換気の効率改善を目指す。次に呼吸筋が作用しやすいように姿勢筋緊張を抑制するためのリラックスした姿勢、吸気に伴って咽頭部に貯留した唾液の侵入を防止するための静かな吸気、次の吸気量を相対的に増加させるための確実な呼気(呼気量の増大)に注意を払う。

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口すぼめ呼吸とは吸気は鼻から行い、呼気は口をすぼめながら細く、ゆっくりと吐く呼吸法であり、リラクセーションや、呼気量の増大に有用である。吸気と呼気の比率は1:2から3とし、一回の練習は5分程度とする。本呼吸法は、ほとんどの嚥下障害患者に適応となるが、特に鼻咽頭および口唇閉鎖不全がある症例、球麻痺例などでよい適応となる。

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口すぼめ呼吸の効果に関しては、慢性呼吸障害患者で数多く検討されている。その効果は、呼気時における気道閉塞の軽減や換気効率の改善(一回換気量の増加、呼吸数と分時換気量の減少)などによって示されている。嚥下障害患者を対象とした効果としては、軟口蓋の筋力や鼻咽腔の閉鎖機能の強化、口唇閉鎖機能強化、呼吸のコントロールなどがある。

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横隔膜呼吸(腹式呼吸とも言う)とは、吸気時に横隔膜運動を増幅させ、その結果生じる腹部の拡張運動を強調させる呼吸法である。また、深呼吸とは、呼吸運動の強調部位は特定せず、十分な呼気とゆっくりとした大きな吸気を強調する方法である。横隔膜呼吸の実施は困難な場合も少なくなく、その場合は深呼吸で代用する。リラクセーション、排痰、咳嗽の促通を試みたい場合に適応となるが、普段から練習しておくことも必要である。その場合は、口すぼめ呼吸と同様、一回の練習は5分程度とする。なお、重症呼吸障害の合併や失調性呼吸を呈する場合は実施不可能であるため、適応外である。
横隔膜呼吸の指導法としては、まず仰臥位にて対象者の利き手を腹部に、非利き手を胸部に当てる。その上から指導者の手を置き、腹部を呼気にあわせて静かに圧迫し、吸気時に圧迫をゆるめ、腹部の拡張運動を対象者に意識させながら、腹部の運動を有意に大きくさせていく。

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横隔膜呼吸と深呼吸の効果についても、慢性呼吸障害を対象とした多くの研究報告によって示されている。その代表は、換気効率の改善(一回換気量の増加、呼吸数と分時換気量の減少)および呼吸運動部位の変化(呼吸補助筋活動の抑制と横隔膜運動の増大)などである。しかしながら、摂食嚥下障害患者における効果については、十分な検討がなされていない。
声門および前庭部の閉鎖と開放がわかる

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咳嗽は①大きな吸気、②声門の閉鎖、③胸腔内圧の上昇、④声門の開放の過程によって生じている(スライド動画)。通常、咳嗽とは気道内に入り込んだ異物や痰を排出するための防御反射であるが、前述のように摂食嚥下障害患者では、咳嗽機能が障害されていることが多く、意識的(随意的)な咳嗽を行う必要がある。特に誤嚥をきたしたときには、有効な咳嗽を行い、それを排出する必要がある。また、摂食練習中あるいは後の定期的な咳払いなどを通じて、普段から咳嗽を意識させることが重要である。

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摂食嚥下障害における頸部・体幹訓練には、頸部・体幹の筋緊張調整(リラクセーション)、喉頭の運動性改善、頸部の可動性および筋機能改善、体幹の安定性改善(座位保持能力を含む)がある。以下、それぞれについて解説する。

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頸部・体幹の運動機能の評価、特に喉頭運動に着目した評価が重要である。嚥下時の喉頭運動に影響を与える要素として、吉田らが開発した相対的喉頭位置と舌骨上筋群機能を外部から簡便に評価できる指標がある。前者は仰臥位頸部最大伸展位にてオトガイ(Genio)、甲状軟骨(Thyroid)上端間の距離(GT)と、甲状軟骨上端と胸骨(Sternum)上端間の距離(TS)を設定し、テープメジャーで計測することで評価する。後者はスライドに示す通り、4段階でその筋力を評価するものである。

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摂食時の座位姿勢保持のために頸部や体幹の筋緊張が亢進した状態では、円滑な嚥下運動が制限される。摂食嚥下運動を行いやすくさせるために、頸部・体幹筋群のリラクセーションを行い、筋緊張を緩和させる必要がある。ゆったりとした静かな呼吸法や頸部・肩甲帯の他・自動運動などによってリラックスを図る。日常からの座位訓練とともに、摂食訓練前の準備としても実施・指導する。

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喉頭挙上運動は嚥下運動の中でも重要な運動要素である。この運動は舌骨上筋群を主動作筋として、食道入口部の開大とも連動している。喉頭運動の障害は、長期臥床や加齢による頸部の可動制限に合併することも多く、後述する頸部の運動機能向上とあわせて、喉頭の運動性改善に対する介入が必要である。舌骨・喉頭のモビライゼーションとして徒手的に遊び運動を促したり、舌骨上筋群のストレッチングとして舌骨を徒手的に固定した上での頸部伸展運動等をおこない、喉頭の可動性を改善させる。また、舌骨上筋群の強化方法として、頭部挙上訓練(head raising exercise)があるが、負荷が大きく原著通りに適用できないことがほとんどである。その代用として頭部挙上位を保持したり、頭部を他動的に支持しながら下顎を引き下げる際に抵抗を加えるといった方法もある。

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頸部の可動制限、特に前屈制限は嚥下運動において大きな制限となる。急性期や全身管理のために臥床の長期化が予測される症例、加齢による脊柱の可動制限が存在する場合などでは、頸部の可動性や筋機能を向上させる必要がある。臥床時の非対称的な不良姿勢の改善とともに頸部が過伸展とならないよう適切な枕の選択とアライメント調整、頸部周囲筋群のマッサージ、頭部を他動的に牽引・前屈させながらの後頭下筋群ストレッチング、頭部を保持しながら前屈、側屈、回旋運動の他動的関節可動域訓練などを適用する。

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安定した摂食姿勢の要素として、体幹の安定性は重要な要因である。頸部と体幹のアライメント、左右対称性、姿勢筋緊張の軽減を意識したポジショニング(座位姿勢の支持方法の工夫)、体幹の可動性改善、体幹筋群の活性化や強化、さらには座位耐性の向上へもアプローチを行うことが重要である。

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以上まとめると、呼吸訓練は嚥下と呼吸パターンの協調障害、咳嗽能力低下、頸部・体幹筋群の筋緊張亢進などが適応となり、誤嚥した場合の排出や、貯留する気道分泌物の排出除去に役立てることで、安全な摂食訓練を支援する役割がある。
また、頸部・体幹訓練は①嚥下運動に関与する筋機能の向上によって嚥下運動の促通、調整および強化を図る、②姿勢および頸部の運動性、筋緊張、アライメントを調整することで嚥下運動阻害因子の軽減・除去を図り、摂食訓練効果を高めることへの貢献が役割となる。

参考文献
- 神津玲,藤島一郎,小島千枝子,朝井政治,与古田巨海,大熊るり,中村美加栄,柳瀬賢次:嚥下障害を合併する肺炎患者の臨床的特徴と嚥下リハビリテーションの成績,日本呼吸管理学会誌,9(3): 293-298, 2000.
- 大嶋崇,田中貴子,神津玲:摂食・嚥下ケアに興味をもったら,次に行いたいこと② 呼吸練習の実際,Expert Nurse, 24(3): 70-73, 2008.
- 神津玲,藤島一郎:摂食・嚥下障害に対する呼吸理学療法,Modern Physician, 26(1): 50-52, 2006.
- 吉田剛:脳卒中片麻痺患者の嚥下障害に対する理学療法,理学療法,23(8): 1130-1136, 2006.
- Shaker R, Kern M, et al.: Augmentation of deglutitive upper esophageal sphincter opening in the elderly by exercise, Am J Physiol, 272: G1518-G1522, 1997.
- 吉田剛,内山靖,熊谷真由子:喉頭位置と舌骨上筋群の筋力に関する臨床的評価指標の開発およびその信頼性と有用性,日摂食嚥下リハ会誌,7(2): 143-150, 2003
- 吉田剛:中枢神経障害における座位姿勢と嚥下障害,理学療法学,33(4): 226-230, 2006.
推薦図書
- 聖隷三方原病院嚥下チーム(執筆):嚥下障害ポケットマニュアル,第3版,医歯薬出版
- 藤島一郎(編著):よくわかる嚥下障害,改訂第2版,永井書店
- 才藤栄一,向井美恵(監修):摂食・嚥下リハビリテーション,第2版,医歯薬出版


