
説明
摂食嚥下障害者の訓練をする場合は、安全にかつ効率的に経口摂食に導くことが求められる。ここでは、段階的摂食訓練の考え方とその方法について解説する。

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直接訓練は実際の食物を使用して行う訓練であり、段階的摂食訓練はこれに含まれる。直接訓練は食べ物を用いて行う訓練全般を指し、誤嚥や窒息のリスクを回避しながら安全に摂食できるようになることを目標としている。臨床的にスモールステップで難易度を高めながら安全に食べるスキルを獲得したり、機能改善を目指したりする訓練法を段階的摂食訓練という。段階的摂食訓練では、難易度の低い摂食から開始し、段階的に難易度を高めることによって、最終的に「座位で普通の食事を普通に経口摂食すること」を目指す。実際に食物を摂取しながら行う訓練である。リスク管理には十分注意を払うことが重要である。段階的摂食訓練は、摂食嚥下障害患者の訓練法であるが、小児から高齢者までいずれの年齢層において、何らかの理由で長期間摂食を行っていなかった場合、段階的に摂食を進めることによって安全で効率的に摂食が可能となる場合がある。その時に、本訓練の考え方を参考にする場合もある。

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段階的摂食訓練では、姿勢の調整、摂取食物、摂取方法、摂取ペース、1口量など安全な摂食条件を設定し、スモールステップで摂食条件を段階的に変更する。段階的摂食訓練では、観察を中心に安全性を確認しながら進めることが重要である。段階的摂食訓練では、数段階の難易度の食事形態の提供が必要であり、本訓練の実施にあたっては数段階の食物形態の食事を提供できることが求められる。各段階の食物選定や、メニュー等の構築は、調理・栄養部門を中心にリハビリテーション部門等実際に段階的摂食訓練に関わる職種と連携して構築する。食物形態の段階は、日本摂食嚥下リハビリテーション学会の「嚥下調整食分類2013」を参照するとよい。また、段階的摂食訓練では、医学的観察や摂食場面での観察や判定で次の段階に移行するかの判定を行うので、摂食嚥下障害や患者の全身状態を観察する専門的知識が必要である。実際に提供された食物を、訓練を行う立場や調理する立場で定期的に検討することや毎日同じ形態の食物をコンスタントに提供できるシステムを構築することも段階的摂食訓練を行う上で必要である。加えて、摂食条件の決定や臨床観察するシステム構築も求められる。

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段階的摂食訓練の適応となる患者は、姿勢、摂食方法、摂取食物などを検討して、新たなる摂食スキルを獲得する訓練が必要な摂食嚥下障害者や、段階的な改善が期待される摂食嚥下障害者 、長時間絶食が続いた者(小児~高齢者)などである。また、段階的摂食訓練は臨床観察から摂食条件をスモールステップで変更していく方法であり、安全な食物摂取の条件設定ができる人が適応となる。

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段階的摂食訓練の方法は1段階ずつ階段を上るように食物の難易度を向上させていくことである。現在本邦では、3~5段階で行っている施設が多い。「嚥下調整食分類2013」では、5段階となっており「コード」という用語が使用されている。コード0は一番難度が低く、コード4は一番難易度が高い。段階的摂食訓練を開始する際は、一番難易度の低い食事から摂取することが基本である。この時なるべく誤嚥をしない摂取方法や姿勢で行う。一定期間同じ段階の食物摂取をして、摂食状況やトラブルの有無を確認する。問題がなければ1段階向上させ、同じように観察等をする。これを繰り返しながら段階的に難易度を向上させる。最終的には常食の摂取を目指す。難易度の向上は後述する食事アップの基準に従って判定し、摂食状況やトラブルの有無はチェックポイントを観察することで行う。

説明
日本摂食嚥下リハビリテーション学会では、2013年に「嚥下調整食分類2013」を公表した。これは、段階的摂食訓練に代表される、難易度の低い食事から徐々に普通食を食べるようにリハビリテーションを実施する上では、明確な食物形態の分類が必要だからである。「嚥下調整食分類2013」では、コードと命名して「コード0」から「コード4」までの5段階となっている。現在、様々な疾患の患者が嚥下調整食を摂取することを考慮して、低い段階では、「j」と表示されるゼリー、「t」と表示されるとろみを別々に分類していることが特徴である。また、急激に難易度が上昇しないように、コード2を「2-1」と「2-2」の2対分割している点も特徴である。

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段階的摂食訓練における難易度は、まず食物の物性、摂取量を変更する。通常、食物の物性と量は、食事の段階が向上する毎に同時に変更される。次に、食物がある程度の段階になったところで、摂取頻度、食事介助か自力摂取、摂取方法(テクニック・姿勢・1口量)の変更を検討して、可能だと判断されたら変更する。ただし、この時複数の項目を同時に変更してはならない。摂食の条件を変更することは誤嚥などを引き起こす危険性があり、もしもトラブルが発生した時に1つのみの条件の変更であればその原因がすぐに特定でき対処が可能となるからである。なお、摂取頻度は通常2段階目からは3食/日にするが、患者の状態によっては1~2食/日に留める場合もある。

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臨床現場における食事提供例を示す。これは段階的摂食訓練に使われる食事基準例である。段階的摂食訓練はこの食事基準に則って実施されている。食事基準で開始食は、スライス法で咽頭部をスムースに通過する果汁ゼリーが主体となっている。一食あたり1品で、約100ml、100kcalでグレープやオレンジゼリーが提供される。嚥下食Ⅰは、粘膜への付着性が低いもので、開始食のゼリーに加えスープ、ジュース、重湯などをゼラチンで固めたものである。一食あたり2~3品で約300ml、150kcalである。嚥下食Ⅱは、嚥下Ⅰと同様にゼラチンが主体だが、嚥下Ⅰより繊維分がやや多く粘膜の付着性が高く、べたつき、ざらつきが多少あるもので、一食あたり3~4品で約500ml、300kcalである。嚥下食Ⅲは、嚥下Ⅱに加え、ピューレ状のものを追加した食事である。汁ものの具は豆腐だけで水分には必ずとろみをつける。この段階から一日3食が必須となり成分栄養となる。量と熱量は、約2,000ml、1,400~2,600kcalとなる。移行食は、キザミより一口大とし、できるだけ形のある食物形態とする。多くは、水分を多く含むものでやわらかく煮たものである。細かすぎるものやパサつくものは避け、必要に応じて水分にとろみをつける。嚥下食IIIと同様一日3食で成分栄養となる。約2,000ml、1,400~2,600kcalの食事である。栄養は、嚥下食III以上で1日の必要カロリーが摂取可能となる。ただし、摂取量に応じて経腸栄養など代償的栄養法を実施する。嚥下食IIまでは、栄養が不足するため通常経腸栄養など代償的栄養法との併用である。食品は、難易度が高くなるに従って種類が多くなる。現在市販されている介護食は開始食から活用できるものもある。スーパーなどで市販されている食材は、各段階に応じて選択するか若干手を加えて物性を整える必要がある。

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実際の食事のイメージ例である。下段左から右、そして上段右になるに従って難易度が高くなっている。途中難易度が急に高くなる場合は、段階の間に1種類増やすことも考えられる。各施設によって物性条件を決定するなど工夫を加えている場合もある。

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食事アップの基準は、摂食時間が30分以内で、7割以上の摂食が3食以上続いた時である。3食の食事摂取状況についてチェックポイント(後述)を観察して、明らかな変化がない場合のみ食事アップをする。嚥下障害が強く疑われる時は、9食(3日間)の様子を見ることが推奨されている。

説明
食事アップを検討する時のチェックポイントは、発熱の有無、呼吸状態、呼吸音、胸部写真、喀痰量、咳の有無、患者の訴え、食事時間などで多くは誤嚥の有無を確認する項目である。ある段階を摂食中にこれらの項目に変化が観察された場合は、その段階以上には進まず、その原因を精査する必要がある。

説明
段階的摂食訓練は、段階的に摂食条件の難易度を上げる訓練法であるが、実際の臨床では毎日臨床観察を行い細部まで気を配って対応することが成功のコツである。摂食嚥下障害患者は、わずかな物性の違いや体調の変化で「うまく食べられない」などの問題を呈する場合もあり、患者によってはよりきめ細やかな対応をすることが求められる。
まず、段階的摂食訓練は『段階的に』摂食条件の難易度を上げていく訓練である。従って摂食条件の難易度は必ずスモールステップで行う必要がある。例えば、摂取食物は1段階ずつ向上させ、段階を飛ばすことをしてはならない。
また、実際の訓練場面では、本来提供されるべき物性の食物が提供されているかを確認する。同じ物性の食物でも、時間経過によって変化する場合や離水をする食品もある。特に、ゼラチンゼリーは18℃以上になると融解するので提供の方法や摂食までの時間を考慮する。粥も温度によって物性が変化したり、離水したりする性質がある。特に粥をミキサーにかけた場合は、温度低下に従って付着性が高くなる特徴がある。このように訓練に使用する食品の特徴を知った上で実施することが望まれる。
同時に、日々同じ物性の食物が提供されるシステムを構築することも重要である。食物の物性は調理方法の違いによって変化する。加熱方法や加熱時間など、毎回同じ物性の食物が提供されることが段階的摂食訓練には必要である。
なお、段階的摂食訓練では食物の物性の適正化が大変重要である。ゼリー、ミキサー等提供されている食物の物性が患者の訓練に適しているか確認することが重要である。ゼリーやミキサーを提供していても柔らかい場合があり、形態と同時に物性の視点での観察をする。
次の段階に移行する際に、うまくいくかわからない場合は、次の段階の食物を1品入れて様子を見るとよい。更に次の段階の食物を1品ずつ増やして最終的に全ての食物を次の段階に移行する方法をとるとより細かな段階の訓練が提供できる。
段階を向上し、うまく食べられているかの確認ができるのは最低3食以上食べた後である。3食以下で次の段階に移行することは望ましくない。
摂食条件は一度に難易度を高くしたり、複数の条件を一度に変更したりせずにスモールステップで行う。どの摂食条件から変更するかは、本人、家族、関わるスタッフで情報共有と同時に十分に検討して選択するとよい。

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嚥下食の段階に関しては、これまで全国的に基準化し統一しようとの活動がなされてきた。統一できれば、転院や退院後に訓練を継続する場合や摂食嚥下障害患者の生活を支える意味でも重要だからである。2009年には、厚生労働省の「特別用途食品」における「えん下困難者用食品許可基準」が改定され3段階となった。この基準はその後発足した消費者庁に引き継がれ現在でも表示許可基準に用いられている。本基準では、食品を「硬さ」、「凝集性」、「付着性」の3つの観点から分類している点が特徴である。本基準は、比較的重度の患者を想定して基準化されている。

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日本介護食品協議会は「ユニバーサルデザインフード」との名称で、4段階の基準を作成している。これは、咀嚼も入れて基準化しているのが特徴である。区分の基準は、かむ力と飲み込む力の目安、及び物性として、硬さと粘性が採用されている。他の基準よりも若干機能がよい患者を想定していると思われる。

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アメリカでは、2002年にNational Dysphagia Dietという基準が示された。常食まで入れて4段階となっている。日本との違いは、一番難易度が低い食物がピューレである点である。日本では、嚥下食にゼラチンゼリーが多く用いられているが、アメリカでは用いられていない。聖隷三方原病院の基準の嚥下食II~IIIの中間あたりから開始されている。本邦よりも軽症の嚥下障害者を想定していると思われる。

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近年では嚥下調整食を国際的に標準化しようとする活動がされている。北米、ヨーロッパ、日本など世界から専門家が集って検討されてきた。このような活動で、世界のいたるところで同じ視点で段階的摂食訓練を行うことができる時代が到来する可能性がある。

参考文献&推薦図書
- 藤島一郎・谷口 洋著:脳卒中の摂食・嚥下障害.第3版,医歯薬出版,2017
- 才藤栄一 植田耕一郎 監修:摂食嚥下リハビリテーション 第3版, 医歯薬出版, 2016
- 聖隷嚥下チーム:嚥下障害ポケットマニュアル 第4版.医歯薬出版,2018
- 倉智雅子編:言語聴覚士のための摂食嚥下障害学 医歯薬出版,2013


