
説明
嚥下障害のリハビリテーションにおいては機能回復の視点から、また機能代償の視点から様々な嚥下手技が用いられている。ここでは直接訓練で用いる嚥下誘発手技の目的と効果、実施方法について解説する。

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摂食嚥下障害では食塊を口腔内に取り込んだまま嚥下運動が停止したり、嚥下反射の惹起不全が起こったりなど多様な症状が認められる。リハビリテーションアプローチにおいて直接訓練は食物を用いて行うため、窒息や肺炎など生命の危険を伴う。
嚥下誘発手技は、①嚥下運動を活性化・意識化し、食べ始めに起こりやすい誤嚥を防止する、②運動・感覚機能に働きかけて嚥下反射を促通する、③スムースな摂食・嚥下動作の誘発などをとおして、直接訓練における嚥下機能の改善につなげるとともに、機能の代償、リスクの軽減といった観点から重要な手法である。

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嚥下反射の誘発や運動の促通を目的として行われる代表的な手技には、1)冷圧刺激法(Thermal-Tactile Stimulation )、2)前頸部徒手刺激による嚥下反射促通手技、3)K-point刺激法などがある。冷圧刺激には間接喉頭鏡を用いるものと凍らせた綿棒を用いる方法がある。
嚥下誘発手技が有効と思われる主な対象は、①嚥下反射が誘発されにくいケース、②嚥下反射が遅延するケース、③随意的な嚥下運動が困難なケース、④先行期の障害などにより嚥下運動が中断するケースなどである。
誘発手技は直接口腔内に触れたり、徒手的に運動を行ったりすることから、実施にあたっては目的・方法などを事前にしっかり説明し、了解を得ておく。なお、嚥下誘発手技は摂食前の準備としても用いられることがある。

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冷感刺激を用いる方法には、 Lazzaraらの冷圧刺激と藤島による喉のアイスマッサージがある。冷感刺激を用いること、また圧刺激も同時に加えていることから、冷圧刺激(Thermal-Tactile Stimulation )といわれる。これらの手技は刺激直後の嚥下反射惹起を早めるが、持続的な嚥下反射の誘発効果は期待できない。なお、咬反射がある場合は間接喉頭鏡や綿棒を咬みこむ危険性があるので注意する。
Lazzaraらの冷圧刺激法1)は、口腔内の冷感刺激により嚥下にかかわる神経系を覚醒させ、嚥下反射の惹起時間の短縮や嚥下反射の誘発を目的とする。
方法は、冷やした間接喉頭鏡の裏面で左右の前口蓋弓を4~5回刺激して、嚥下反射が起こるまでの時間短縮をねらう。

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喉のアイスマッサージ2)は、凍らせた綿棒(アイス棒)で嚥下誘発部位である軟口蓋、舌根部、咽頭後壁などに触れたり、圧刺激を加えたりして嚥下にかかわる神経系を覚醒させ、嚥下反射・運動を誘発することを目的とする。
方法は、まず開口を指示し、口腔内が汚れていないことを確認する。次に冷水に付けたアイス棒で舌背や咽頭後壁、軟口蓋を軽く持ち上げながら口蓋弓に沿って左右方向へ数回触れる。その後、アイス棒を口腔内から取り出し、空嚥下させる。
なお、注意点としては口腔内過敏の有無を事前に確認する。また口腔内に直接触れるため、触れ方に注意する。具体的には、いきなり触れない、はじめから奥に触れない、強く触れないことである。さらに嘔吐反射、咬反射などに注意する。その他、低温やけどを防ぐため冷凍状態のアイス棒をそのまま使用しない、嫌がる人に強制しないといった点にも注意する。

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前頸部徒手刺激による嚥下反射促通手技3)4)は、嚥下筋群への外的な知覚入力により嚥下反射および運動の誘発を目的とする。同時に嚥下反射・運動の繰り返しによって、嚥下筋群の可動性を保持・強化することが期待される。
適応は随意的な嚥下が困難であったり、著しく遅れたりするケースで、嚥下反射の惹起や嚥下に要する時間短縮に効果がある。
方法は、まず患者の体幹、頸部、頭部を安定させ摂食に適した姿勢をとらせる。患者に飲み込むことを求めながら甲状軟骨部から下顎下面にかけて指で上下に摩擦刺激を繰り返す。
実施にあたっての注意点としては、甲状軟骨にそえた指を上下させるため顎が上がった状態になりやすいので、顎を軽く引いた状態を保持する。本方法では甲状軟骨は上下しないので甲状軟骨を強く押さえすぎないようにする。また、水、食物を用いている場合は、徒手的刺激後の誤嚥に注意する。

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K-point刺激法5)は、口腔内の特定部位の刺激により、開口や咀嚼様運動の惹起ならびに嚥下反射を誘発する手技である。間接訓練、直接訓練における嚥下機能の改善を目的として用いられる。
本手技の主な適応は偽性球麻痺患者で、①咬反射のために開口できないケース、②嚥下反射が起こりにくいケース、③口腔内に食物を含んだまま嚥下運動が中断するケースである。なお、球麻痺患者では反応は誘発されない。
方法は、K-point(臼後三角後縁のやや後方の内側面)を軽く圧迫刺激する。なお、反応の誘発には、正しい部位を適切に触れる必要がある。部位と刺激方法の詳細については「食具を用いた直接訓練」を参照のこと。
注意点としては、K-pointの部位を正確に圧迫する。刺激の際には部位を強く圧迫しないこと、先端の尖ったものは用いない。

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K-point刺激法を摂食訓練前の準備として用いる場合と摂食中に口腔内に食物を入れた状態で動きが停止する場合の実施手順について述べる。
摂食訓練前の準備としては、咀嚼様運動や嚥下反射を促通して、嚥下にかかわる諸機能を活性化させ、摂食開始時に起きやすい誤嚥防止やスムースな摂食を目的として摂食前に行う。実施方法は、口腔ケアの後、綿棒などを用いてK-point部位を刺激し、その後に惹起される咀嚼様運動や嚥下反射惹起を確認する。これを数回繰り返した後、摂食を開始する。
摂食中に食物が口腔内に残った状態で動きが停止した場合は、アイス棒やスプーンでK-point部位を刺激し、運動を再開させる。

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開口障害のない患者で、送りこみや嚥下反射が起こりにくい場合のK-point刺激の実施手順は、刺激に適したKスプーンなどを準備する。開口させて奥舌に食物を置き、用いたスプーンでK-pointを軽く圧迫刺激し、スプーンを抜く。咀嚼様運動に続いて嚥下反射が自動的におこる。

参考文献
- Gisela de Lama Lazzara M.A.,Cathy Lazarus,M.A.,and Jeri A.Logemann,Ph.D.:Impact of Thermal Stimulation on the Triggering of the Swallowing Reflex,Dysphagia 1,73-77,1986
- 聖隷三方原病院嚥下チーム:嚥下障害ポケットマニュアル,第4版,医歯薬出版
- 小島義次,植村研一:麻痺性嚥下障害に対する嚥下反射促通手技の臨床応用,音声言語医学36,360‐364,1995
- 日本摂食嚥下リハビリテーション学会医療検討委員会:訓練法のまとめ(2014版),日本摂食嚥下リハ会誌18(1),55-89,2014
- Kojima C,et al:Jaw opening and swallow triggering method for bilateral-brain-damaged patients: K-point stimulation. Dysphagia 17:273-277,2002.
参考図書
- 才藤栄一,向井美恵監修:摂食・嚥下リハビリテーション,第3版,医歯薬出版
- 日本嚥下障害臨床研究会監修:嚥下障害の臨床―リハビリテーションの考え方と実際,第2版,医歯薬出版
- 道健一,道脇幸博監訳:Logemann摂食・嚥下障害,医歯薬出版
- 藤島一郎:脳卒中の摂食・嚥下障害,第3版,医歯薬出版


