
説明
リハビリテーションで改善しない重度な嚥下障害例に対して、外科的治療を行うことがある。手技は大きく二つに分けられ、嚥下機能改善手術と誤嚥防止手術と呼ばれている。外科的治療選択のポイントを中心に解説する。

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まず、手術適応であるが、三つに集約される。
1)一般的に計画だったリハビリテーションを行っても約半年するとその改善が頭打ちになり易い。その時点で十分な経口摂取が得られない場合には外科的治療の必要性を考慮すべきである。あまり長いリハビリテーションでは、患者のモチベーションの低下などを招きやすいし、廃用が進んだあとに手術を行っても、周囲の筋力低下などで十分な治療効果が得られないことが多い。
2)多くの症例ではリハビリテーションで治癒していくが、症例によっては外科的治療を介入することで、より早期に経口摂取を獲得し社会復帰できる症例もある。だから、治療計画を立案する時点で常に外科的治療の必要性を検討し、耳鼻科医との連携を保つべきである。
3)神経・筋疾患や変性疾患で、いくら積極的なリハビリテーションを行っても、嚥下機能の低下が進行する場合や、重度な障害で絶食にしても唾液誤嚥で肺炎を反復する場合には、生命を守る目的で音声機能を犠牲にして気道と消化管を分離する術式が選択される。

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さて、外科的治療を考慮する際には、全身状態の把握を含めいくつかの検討が必要になる。まず、全身状態の把握としては、現時点でのPS (performance status)に始まり、原疾患の状態と予後予測、全身麻酔が可能かどうかの評価に心肺機能は重要である。次いで、当然ではあるが嚥下機能の評価である。ちなみに.PSとは症例がどの程度活動できるかの指標である。0から4の5段階で、0は無症状で社会活動が可、1は肉体労働が困難、2は歩行可だが軽作業困難、3は日常生活に介助要で日中の50%以上就床、4は終日就床である。
嚥下造影検査を精密に評価し、障害部位と程度、そして代償機能の有無、誤嚥時のsilent aspirationの有無などを検討する。最後の重要な検討項目として、患者本人と家族の問題がある。ある程度侵襲のある治療なので、治療への理解と協力がなくては始まらない。

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実際には一つの手術のみでは効果が少なく、いくつかの手術を症例ごとに組み合わせて行われるが、その基準となる嚥下造影検査での障害部位と術式の相関性を示している。喉頭挙上期型誤嚥(嚥下中誤嚥)には喉頭挙上術が、喉頭下降期型誤嚥(嚥下後誤嚥)には輪状咽頭筋切断術が、嚥下運動不能型(嚥下前誤嚥)には誤嚥防止手術が選ばれる。

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嚥下機能改善手術とは、喉頭が持っている音声・呼吸機能を保ちながら嚥下機能を回復する手術であり、その適応としては「リハビリを行っているがその改善が不十分で、ムセのある誤嚥を認める症例」となる。術式は、咽頭形成術・輪状咽頭筋切断術・喉頭挙上術・喉頭形成術(声帯内注入術)・舌骨下筋群切断術などいくつもあるが、重要なことは手術によって咽喉頭の位置が変化するため、その対応として術後リハビリテーションが必要なことと、silent aspirationが顕著な症例は適応とならないことである。

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代表的な嚥下機能改善手術である輪状咽頭筋切断術は術中写真のごとく、頸部外切開にて両側の輪状咽頭筋を食道粘膜が露出するまで十分に切除する術式である。嚥下時のみ弛緩する輪状咽頭筋が球麻痺などで、嚥下時にも十分な弛緩が得られなくなった場合に選択される。術前後の喉頭所見で、輪状咽頭筋がなくなり十分な食道入口部の弛緩によって、両側の梨状陥凹に貯留していた唾液が消失していることが観察される。

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嚥下機能改善手術でもう一つ重要な術式が喉頭挙上術である。喉頭のある甲状軟骨を挙上する位置や方向によって、四つの方法がある。喉頭の上方挙上を助けるためには甲状軟骨舌骨固定術を、前方挙上を補うためには舌骨下顎骨接近術を、そして、上方にも前方にも挙上が不十分な場合には甲状軟骨舌骨下顎骨接近術か甲状軟骨下顎骨接近術を選択する。

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嚥下機能改善手術の中で、最も重症な症例には甲状軟骨下顎骨接近術と両側の輪状咽頭筋切断術と一時的な気管切開術を併施する術式が選択されることが多い。この術式は考案された先生から棚橋法と呼ばれ、下顎骨を前突することで随意的に上部食道孔を開大させることができる術式である。

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嚥下障害へのもう一つの外科的治療法が誤嚥防止手術である。この手術は、音声機能を犠牲にして誤嚥による肺炎を防止する手術である。「誤嚥性肺炎を反復しリハビリが進まず、構音機能がほぼ廃絶している症例」が適応となり、術式には以前より進行喉頭癌への標準治療である喉頭全摘術に始まり、種々の喉頭閉鎖術・喉頭蓋弁形成術・声門閉鎖術・気管食道分離術・気管食道吻合術などバリエーションは多い。この術式を選択する症例は、嚥下機能改善手術症例よりもさらに全身状態が悪い症例がほとんどなので、術前の全身評価を詳細に行う必要がある。また、あくまでも誤嚥を防止する手術なので、必ずしも術後に経口摂取が可能にはならない症例が多いが、たとえ経口摂取が改善しなくてもQOLの改善は得られる。

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誤嚥防止手術の適応をもう少し詳しく表現すると、絶食中であっても唾液誤嚥を生じ肺炎を併発する重度なsilent aspiration(ムセのない誤嚥)症例や、すでに構音機能が高度の障害されており音声機能を犠牲にしても経口摂取を望む症例や、変性疾患やALSなどで人工呼吸器を装着し安定した呼吸管理を望む症例などということになる。

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近年、国内で最も行われる誤嚥防止手術がLindeman法である。頸部気管を横断し、下方断端で永久気管孔を作成し、上方断端を頸部食道に端側吻合する術式である。完全に気道と消化管が分離され、たとえ声門下に誤嚥しても吻合部から食道へ食塊は流れていく。すでに気管切開がされていて、食道への吻合スペースが得られない場合には上方気管断端を盲端に縫縮する変法もある。この術式のポイントは、もし将来的に原疾患を含め嚥下機能が回復した場合に、上下の気管を縫合することで、元の状態戻すことが可能であることである。

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誤嚥防止手術を選択する症例でもわずかでも発声機能の温存を希望する場合には喉頭蓋管形成術であるBiller法を行う。左右の喉頭蓋断端の粘膜を丁寧に二層に縫合し、先端のみを開放する術式で、術野がやや制限されることと、喉頭蓋軟骨の弾性を十分に考慮して縫合しないと創離開が起こりやすいので、丁寧な対応が必要である。

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誤嚥防止手術で得られることとしては、自験例からは以下のように、食事内容の改善・吸痰回数の激減・介助者の負担軽減・人工呼吸器の装着の容易さ・重度嚥下障害例の延命などがある。つまり、誤嚥防止手術は発声機能を犠牲にして嚥下を獲得する手術ではなくて、誤嚥を防止してQOLを改善する手術と考えるべきである。

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どうしても、手術というだけで、不可逆的な最終手段と思われがちであるが、実際には多くの手術には可逆性もあり、リハビリテーションで越えられない部分を解消でき、その侵襲はさほど大きいものではなく、症例によっては局所麻酔でも可能である。私たち耳鼻科医は嚥下障害治療において外科的治療は総合的治療効果を高める手段の一つと考えている。



