

説明
このセクションでは、栄養療法の基礎について学習する。栄養は、いかなる生物においても必要である。このセクションで示す栄養とは、エネルギー、たん白質、脂質、炭水化物、ビタミン類、ミネラル類である。また、水分についても述べる。
嚥下障害者においては、経口摂取する場合、食形態に配慮が必要であり、食形態によっては、必要な栄養の確保が困難なため、経口以外からの栄養補給を併用することが必要な場合がある。
必要なエネルギー量の算定は、実測することが望ましいが、実測が困難な場合には基礎代謝推定式を基に算出する。
各種栄養素の必要量については、「日本人の食事摂取基準」1)の当該性・年齢に該当する量を基に考慮する。ただし、基礎疾患によっては、参考にするのが困難な場合がある。

説明
我が国において低栄養患者がどのくらい存在するのかという調査を厚生労働省の研究班により1990年代後半に実施された2)。この時の低栄養か否かと判断するには、血清アルブミン量を基準として判定した。血清アルブミンとは、半減期が20日程度の血液中に存在するたん白質である。血清アルブミンが低値を示すということは、測定日の少なくとも2週間程度前から食欲不振等で栄養状態が悪くなる状況にあったと推察される。この血清アルブミンが3.5g/dl 未満の方が、人間ドックで測定すると1%もいないのに対し、入院患者では40%程度も占めることが分かった。2015年の調査では、急性期病院の入院患者の4割程度、リハビリテーション病院では5割程度の入院患者が低栄養状態との報告もある。低栄養状態にならないためまた、低栄養状態の回復のために、適切な栄養量を摂取する必要がある。

説明
高齢者では低栄養に陥りやすいので、栄養状態判定の簡易スクリーニングも広く用いられている。ここでは、Mini Nutritional Assessment Short form (MNA-SF)を紹介する。65歳以上の高齢者の栄養状態を 簡単に評価するためのアセスメントツールで、 現在では 2009年IAGG (国際老年医学会) 総会において完成した最新版の6項目からなるバージョンが 日本をはじめとした世界各国で活用されている。
6項目の項目とは、A 過去3ヶ月間で食欲不振、消化器系の問題、そしゃく・嚥下困難などで食事量が減少しましたか?B過去3ヶ月間で体重の減少がありましたか?C 自力で歩けますか?D 過去3ヶ月間で精神的ストレスや急性疾患を経験しましたか?E 神経・精神的問題の有無 F BMIが測定可能な場合:BMI (kg/m2):体重(kg)÷身長(m)2 BMIが測定できない場合 ふくらはぎの周囲長(cm) で判定する。
このような簡易法で測定し、問題がある可能性が高い場合には、身体計測や血液を用いた判定を行うことが望ましい。

説明
MNAで「栄養状態良好」、「At risk(低栄養の恐れあり)」、「低栄養」と判定された入院患者の予後を約3年に渡り観察した結果である。入院後1000日経過した時点での生存率は、栄養状態良好な場合は8割程度であるのに対し、低栄養の場合には2割程度である。このことから、栄養管理は予後に大きく関与することがわかる。

説明
適切な投与栄養素量を決める場合、まず、エネルギー量を決める。その方法として 1、間接カロリーメーターを用い実測する。2,基礎代謝エネルギーの推定式を用いる。 多くの病院や施設では、基礎代謝エネルギーの推定式を利用することが多い。また、基礎代謝の推定式は、複数存在する。日本人を対象とし、作成された推定式もいくつかある。推定式の詳細は次のスライドで説明する。
これらの基礎代謝エネルギー推定式で算出された値に活動係数やストレス係数を乗じて、投与エネルギー量を決定する。基礎代謝エネルギーとは、早朝空腹時に快適な室内において安静仰臥位で測定した代謝量なので、この値を基に活動量やストレス度を加味する。

説明
3つの基礎代謝エネルギー推定式を紹介する。日本人を対象として考えられた推定式は、①1)、②3)である。③4)は、アメリカ人を対象として考えられた式である。①の式を利用する場合は、変数に体重(kg)を代入する。②の式を利用する場合には、身長(cm)、体重(kg)、年齢のほか、定数の部分に性別として、男性の場合0.4235、女性の場合0.9708を代入し算出を代入する。③の式は、身長(cm)、体重(kg)、年齢 を代入して算定する。最近の研究では、日本人の基礎代謝を求める場合には③式に比べ①、②の式は、誤差が少ないという報告がある5)。

説明
エネルギーの投与量が決まると、次いでたんぱく質の投与量を決める。このときに基礎となるのが、1973~1983年に複数報告された窒素出納試験結果である。合計154人に対して鶏卵のような良質なたんぱく質を用いて窒素出納試験を行い、その結果、最小の窒素摂取量で窒素平衡維持量できる量として0.65g/kg体重/日 が求められた1)。
日本人の食事摂取基準(2015年版)では、この0.65に日常食混合たんぱく質の消化吸収率を90%として、0.65÷0.9を求め、さらに、個人差変動率として1.25倍したものをたんぱく質の推奨量とした。この式から求められるたんぱく質量は0.9g/kg/日である。なお、推奨量を摂取した場合、97.5%の方が充足できると考えられる。
しかし、たんぱく質の生体の要求量としては、次の要因により変動する。
- エネルギー摂取量が増加すると、たんぱく質の節約効果により、窒素出納が正に傾く。窒素出納が正に傾くということは、たんぱく質が体内に蓄積されていることを示す。 逆に、エネルギー摂取量が減少すると、たん白質をエネルギーとして燃焼する必要が生じるため、たん白質の必要量は増加する。
- 感染・外傷・ストレスでは、たんぱく質代謝が異化的となるため、たんぱく質必要量は増加する。
施設入所者や在宅で療養している高齢者では、負の窒素出納、つまり体内からのたんぱく質が摂取たんぱく質を上回っていることが少なくないと報告されている6)。

説明
次いで脂質の投与量について考える。このとき、体内で合成することができない必須脂肪酸の不足が起こらないようにする。必須脂肪酸は、n-6系多価不飽和脂肪酸およびn-3系多加不飽和脂肪酸である。
n-6系多価不飽和脂肪酸が欠乏すると、皮膚の荒れから皮膚炎に進展する7)。n-3系多価不飽和脂肪酸が欠乏すると、皮膚炎や創傷治癒の遅延が起こる8)。n-6系多価不飽和脂肪酸が欠乏を防ぐために、リノール酸をエネルギー比で2%は確保する。 n-3系多価不飽和脂肪酸の欠乏を防ぐために、α-リノレン酸をエネルギー比で0.5~1.0%は確保する。 これらを考えた場合、通常の食事では、摂取エネルギーの20%を脂質から摂取する必要がある。

説明
今まで述べてきた栄養素以外の投与量の考え方としては、日本人の食事摂取基準の推奨量または目安量の確保を目指す。推奨量とは、人を用いた試験において不足が起こらないように科学的な根拠に基づき求められた数値であり、目安量は、人を用いた試験が困難なため実施されていないが、動物実験の結果などを用い設定された値である。日本人の食事摂取基準では、不足の可能性がある栄養素については、年齢階級、性別毎に推奨量または目安量が設定されている。
ただし、基礎疾患によっては、疾病増悪防止のため、特定の栄養素の制限が行われることもある。
嚥下障害者のリスクの1つに脱水がある。脱水にならないためには、必要な水分を確保する必要がある。投与水分量の考え方として、体重1kgあたり成人では40~50ml 高齢者では30~40ml程度が必要である。 ここで求められた値から、食物由来の水分量を差し引き、液体として投与する量を算定する。 その量の概算として、約1000ml以上が必要となる場合が多い。ただし、心臓病・浮腫などで水分制限がある場合には、その指示に従う。とろみをつけた液体(水やお茶など)を飲む患者の場合、飲水量が減少するので脱水のリスクは高くなる。

説明
摂取するエネルギー量、たんぱく質量などの必要な栄養素を経口的に確保するため食形態を工夫する必要がある。
しかし、食形態の工夫を行なうと水分含量が増加するため、単位重量当たりの栄養素含有量が減少する。そのため必要栄養素の不足が生じやすく、経口以外のルートからの栄養補給を検討する。
経口以外のルートでの栄養補給方法の1つは、腸を使う栄養法(経腸栄養)での 栄養量の確保の検討を行う。最初、胃または腸までのアクセスルートとして、経鼻チューブをまず検討し、経腸栄養が長期にわたる場合には、胃瘻も検討する。

説明
経口からの摂取量では、必要な栄養が不足する場合は、経腸栄養法をまず検討する。経腸栄養法に用いる栄養剤には食品系、医薬品系を合わせると100種類以上が存在している。薬価品を経腸栄養剤、食品を濃厚流動食と呼ぶ。嚥下障害者に用いる主な栄養剤として、自然食品由来の普通流動食、ミキサー食、天然濃厚流動食がある。普通流動食には、重湯、野菜スープ、果汁などが該当する。ミキサー食には、粥などをミキサーにかけたものが該当する。ただし、チューブ詰まりしやすいものもあるので注意する。天然濃厚流動食には、天然の食品を素材とした流動食が該当する。 自然食品以外では、 主に消化に配慮された原材料を使用している。

説明
経腸栄養剤・濃厚流動食の投与が長期にわたる場合には、胃瘻からの経腸栄養剤の投与を検討する。胃瘻に用いるチューブは、経鼻チューブに比べ太いため、詰まることは少ない。経鼻経管では使用できなかった粘度の高いものや半固形化されたものも使用可能である。
胃瘻からの栄養剤投与については、下痢、胃食道逆流、栄養剤のもれなどに留意する。このような症状が起こった場合には、半固形化した経腸栄養剤の使用を検討する。
半固形化栄養剤には、市販されているものもあるが、各施設で使用している経腸栄養剤・濃厚流動食を、市販トロミ調整食品と混合して、使用することもできる。市販トロミ調整食品の中には、経腸栄養剤へのトロミづけ専用のものもある。寒天で経腸栄養剤・濃厚流動食を固める方法もある。

説明
経腸栄養剤の使用が困難な場合には、静脈から栄養素を投与する方法が用いられる。 静脈からの栄養剤の投与方法は、末梢静脈からの投与する方法と中心静脈からの投与する方法がある。
末梢静脈栄養法は、四肢の末梢静脈から栄養を補給する方法であり、1000kcal/日程度までの投与が可能である。2週間以下の期間で用いられる。
中心静脈栄養は、一般的に鎖骨下静脈から栄養を補給する方法である。必要な栄養素をすべて投与することができる。カテーテル感染に注意する。
腸を使わない場合には、腸管粘膜で免疫を担う細胞が減少し、腸管内の細菌が腸管壁を貫通し、悪影響を及ぼすことに注意する(バクテリアトランスロケーション)。

説明
嚥下障害者が、経口から水分の摂取を行う場合には、とろみをつける必要がある。水やお茶ではむせるが、牛乳は飲めるなどうすいトロミで対応できる場合もあるので、とろみのつけすぎには注意する。トロミ剤と液体の相性があるので、同じ量のトロミ剤を添加しても、液体が異なる場合には同じトロミになるとは限らない。トロミの程度は温度により影響される。一般的には、冷たい場合はトロミが強く、温かい場合にはトロミが弱くなる。トロミで対応できない場合は、ゼリーによる水分補給を検討する。トロミやゼリーなどの経口からの水分摂取が難しい場合には、チューブを通しての水分投与が必要になる。

参考文献
- 厚生労働省策定 日本人の食事摂取基準(2015年版) 第一出版
- Ganpule AA, Tanaka S, Ishikawa-Takata K, Tabata I Interindividual variability in sleeping metabolic rate in Japanese subjects. Eur J Clin Nutr. 2007 61(11):1256-61
- Harris JA, Benedict FG A Biometric study of basal metabokism in man Carnegie Institution of Washington 1919
- Miyake R, Tanaka S, Ohkawara K, Ishikawa-Tanaka K, Hikihara Y, Taguri E, Kayashita J, Tabata I Validity of Predictive Equations for Basal Metabolic Rate in Japanese Adults J Nutr Sci Vitaminol, 57, 224-232, 2011
- 海老沢秀道 他 必須アミノ酸研究 136 9-12 1992
- Jeppesen PB etal Am J Clin Nutr 68 126-133 1998
- Bjerve KS J Intern Med Suppl 225 171-175 1989


